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 そんな訳で僕と門倉さんは「セックスしないと勝てない賭郎勝負」に巻き込まれたのである。
 

「どうしてこんなことになるんですか?」
「どうしてこんなことになるのでしょう」
『本当にのぅ、どうしてこんなことになるんじゃ』
 
 ワシこの国の未来を守りたかったぁあぁ、と泣き言にも聞こえる南方さんの心境が吐露される。あれ南方さんってこんな感じの人だっけ、と首を傾げていたら、隣の門倉さんがボソッと「駄目じゃアイツめちゃくちゃに混乱しとる」と言った。いわく、南方さんはすごく優秀で冷静な人だけど、根が善人寄りなので無垢でか弱い児童が事件に巻き込まれると過度のストレスによって混乱状態に陥るらしい。「無垢でか弱い児童って誰ですか」「梶様にはこの門倉が無垢でか弱い児童に見えていらっしゃる」「分かりました無垢でか弱い児童の肩書は責任を持って僕が引き受けます」のやり取りをこなして、何なら自分自身も過度のストレスによって混乱状態に陥りそうになりながら、無垢でか弱い児童ことギャンブル狂いで成人男性の僕 梶隆臣は改めて部屋の中をぐるりと見回した。

 一〇畳くらいのコンパクトな部屋に、真っ白なキングサイズのベッドだけが中央にドドンと置かれている。四隅には部屋を監視するためのカメラが取り付けられていて、先程の南方さんの声は、同じく部屋に取り付けられたスピーカーから流れてきていたのだった。

『我々としても困惑しているところではあるのです。このような勝負が勝負として成り立つなど、私どもも想定しておりませんでしたので』
「想定しといてくださいよ」
『ご無理をおっしゃらないでください梶様。どうしたら両片思いの賭郎会員と立会人がお互いの気持ちをはっきりさせたいからと他人様を巻き込んで『会員と立会人がラブラブセックスをかまし先に中出しした方が勝ち』なんて賭郎勝負を吹っ掛けてくると想定出来るんです? 大体なんでそんなものが受理されるんです? どうやって書類書いたん? なんでこれ稟議通る? ハンコ押したん誰? えっ判事? は?』
「梶様、南方はアレで気の良い奴なんです、そう責めんでやってください」
「今のって僕が悪いのぉ⁉」

 南方さんをはじめ他の賭郎関係者たちは別室に設けられたモニタールームに居るらしい。今回の勝負(?)はカードゲームのように瞬時に白黒がつくものではないので、監視カメラ四台による死角のない室内映像を厳密に精査し、人の目で勝負の勝敗を見定めるらしかった。見定めるって具体的に何をするんだと思ったら、僕と門倉さんのえっちが本当にラブラブかどうか、中出しが実際に行われているかどうか、吐き出された精液は疑似のものでは無いかなどを、プレイヤー(?)の表情や仕草から総合的に判別するらしい。立会人ってそんなことまでしなくちゃいけないの? いやまぁ、ルールの厳守とか、勝負の取りまとめをすることが立会人の仕事だから普段やってる業務と同じと言えば同じなんだろうけど。だからって見る? 人のえっちなんて。南方さん今から同郷で同僚の門倉さんが男とラブラブエッチするかどうか真面目に見定めなきゃならないんだよ? 可哀相すぎるでしょ。そりゃ錯乱もするよ。

 備え付けのスピーカーからは南方さんの呻き声だけが聞こえていた。音声が途切れないのはルール確認や必要事項の伝達など、ゲームに必要な情報が未だに伝えきれてないからだろうけど、明らかにスピーカー越しの南方さんは毎秒心に新しい傷を作っている。「なんこれ?」「倫理とか知らんの?」「梶様が可哀相じゃ」「ちゅうかワシが可哀相じゃ」「門倉はもう知らん」とブツブツ言ってる南方さんの独り言が垂れ流される室内はとんでもなくシュールで、ついでにいえば居心地の悪さも段違いだった。

 いやあの、逃げないんで、ちゃんと勝負(?)になったら戦う(?)んで、とりあえず南方さんが落ち着くまでの間だけでもこの部屋から出ることって出来ませんか。そう思いながら一縷の望みをかけて室内と外を繋ぐ唯一のドアに手を伸ばす。外側から鍵がかけられていた。ですよね。畜生。

「どうします門倉さん?」
「待って今ワシ『それ行けカープ』頭の中で歌ってるから」
「め、明確に鼓舞してるぅ……門倉さんが自分を奮い立たせてるぅ……」

 そりゃ門倉さんだって当事者なんだから溜まったもんじゃないよね、と自分のことは棚に上げて同情する。そうこうしている内に今まで聞こえていた南方さんの声が突然プツンと途切れ、さすがに立会人交代かな、と思っていたらスピーカーから落ち着いた「失礼」の声が聞こえた。

 この空間にまだ落ち着いている人が居たとは驚きである。(少なくとも見た目上は)手を後ろに組んだまま真顔で直立不動だった門倉さんが、声の主に思い当たる人物がいるのかヒクリと顔を引き攣らせた。

「南方立会人が羞恥と良心の呵責に耐えかねてリタイア致しましたので、これより先の立会はわたくし、弐拾八號立会人弥鱈悠助が取り仕切らせて頂きます」
「なーんでおどれが出てくるんじゃ。今一番出てきてほしくなかったぞ」
「そんなの私が一番出てきてほしくないだろうなーって貴方に思われてるからに決まってるじゃないですか」

 仕事はきちんと行いますのでご安心を。
 そういって弥鱈さんは本当に淡々と今回のルール説明をしてくれる。立会人としてすごく優秀な人だなァと感心するけど、人としてはマジでこの人どうなんだろうって不安になった。

「……以上がルールの主な概要です。質問などございますか?」
「何で僕と門倉さんはこんな目に合わなくちゃいけないんですか?」
「至極真っ当な疑問を提示していただき誠にありがとうございます。面白いですよね」
「回答それで合ってます?」
「いやぁ本当に何ですかねこの勝負。今後一〇年は語り継がれることでしょう」
「止めてくださいよ」
「お屋形様にもきちんと顛末までお伝えいたしますので」
「止めてくださいって」

 めちゃくちゃ楽しんでるじゃんこの人。どのカメラを睨めば弥鱈さんに伝わるのか分からなくて、とりあえず部屋の四隅のカメラすべてにメンチを切っておく。僕が睨んだところで何の抑止力もないとは思うけど、嫌なことは嫌と伝えることが大切だ。
 きっとモニターの向こうが南方さんだったら、僕の気持ちに少しは寄り添って優しい言葉の一つでもかけてくれただろう。ただし現在、場の指揮権を握っているのは弥鱈さんだ。スピーカーからは彼の鼻で笑う声が聞こえるだけだった。

「天下の門倉雄大立会人が童貞から処女だけ奪っていくの面白過ぎますよねぇ。これだから立会人は良いんです。地獄過ぎて草」
「おどれ覚えとれよ。ここから出たあかつきには貴様の四肢を引き裂いて東西の山々で森したる」
「なんですかお二人仲良いんですか? 丁度良いですね。もう二人でヤってくださいよセックス」

 何にもしていないのに既にものすごく疲れていた。気持ちと体が重い。どこかに腰を下ろして休みたいなぁと室内を探すけど、座れるようなものがキングサイズのベッドしかなかったので、僕は深いため息を吐き、もっと気持ちも頭も重くなっていった。