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 なんの出っ張りも引っ込みもない直線的な体だ。絵心の無い人間がフリーハンドで書いた直線を、受肉させたら僕になる。そう思っている。完璧さも面白味もない身体に、丁寧に触れてくれる指先が有難かった。でも素直に「ありがとう」と口にしたら、フロイドは眉間を盛大に寄せて「良いか、梶。二度と俺が触った時にお礼なんて言うな。二度とだ」と僕を叱った。

「すいません」
「馬鹿、怒ってんじゃねえよ」
「じゃぁなに」
「さぁな。怒ってねぇことだけは確かだ」

 フロイドが僕の太ももを撫でた。内側の皮が薄いところを撫でられると、腰辺りに疼きのような感覚が生まれる。ぞわぞわとしたコレはきっと快感の素だった。何度も撫でられるたびに疼きは明確な快感へと進化して、そうすると次には背筋を駆けあがり、僕の脳みそを揺さぶる。

「ん……」

 鼻に抜ける声が自然に出て、思ったより高い音程にビックリした。咄嗟に口元を覆うけど、そういえば別に音は口から出てるわけじゃない。案の定口を抑えたところで、僕から漏れる音は変わらなかった。ん、ん、と喉が鳴って音が鼻に抜ける。ん、ん。なんだか目を開けていられなくて、僕はぎゅっときつく目を瞑った。喉が震えるたび、顎が上を向く。腰からせり上がってくる快感が脳天を突き抜けて、このままどっか上のほうに気持ちまで飛んで行ってしまいそうだった。

「反応良いな」
「ん、んっ……」
「かじ、口あけろ。キスもしてぇし、別の声も聞きたい」
「ん……あ、っ、は、ぁ……ッ…!」

 言われて口をカパッと開けてみたら、フロイドの言うように勝手に違う声が出た。なんかこう、我ながら情けないくらい蕩けた声だ。骨が抜けて、ふにゃんふにゃんになってる。恥ずかしくてもう一度口を抑えようとしたら、タイミングよくフロイドの口が僕の口を塞いだ。わりと分厚い舌が口の中をぐちゅぐちゅとまさぐる。上手い人のするディープキスってこんなんなんだ、と、僕は舌をフロイドに差し出しながらボンヤリ思った。

「は、ふっ、ふ、ン、ぶ、」

 口を塞がれてんのに声がずっと出てる。舌の裏側の変なとこを、なんでか僕は撫でられるのが好きみたいで、そこをフロイドの舌が突くともっと声が出た。なんでここが気持ち良いんだろう。よく分かんない。でもすごくそこが好きだった。お礼に僕もフロイドの同じところを舐めてあげたけど、フロイドにとっては特にどうでもいいポイントだったらしい。頭を微妙に傾げるだけだった。
 太ももとか腰を撫でられながら、ずっと舌を絡ませて与えられる気持ち良さを唾液と一緒に飲み込んでいる。そろそろ僕の口の中もフロイドと同じ味がしていそうだと思ったあたりで、フロイドの手がいきなりズボンの中に入ってきた。

「んぅうっ!?」

 ズボンの中でケツをわし掴まれて、ぐい、と左右に割るように力を込められる。いつも奥で窄まってる穴が、左右に引っ張られてちょっと口を開いた気がした。フロイドの指が穴に伸び、ヒダを撫でるように皺の上を往復する。

「あっ、ちょ、フロイド……!?」
「どっちが良い?」

 離した唇の間で涎が糸を引いている。どっち、が何を指すのか分からず、僕はねぶられすぎてジンジンしている舌で質問を返した。

「どっちっていうのは、お、男役と女役で……僕がどっちをやるかっていう……?」
「あーハハハ。ジャパニーズジョークは面白いな」

 乾いた声でフロイドが言う。僕はジョークを言っていないし、フロイドだって特に面白くはなさそうだった。

「後ろの練習をじっくりこなすか、前でとにかく発散するかだよ。今日いきなり全部済ませるなんざ無理だろ」
「えっ無理なの?」
「おう、無理だ。お前の今の反応見て確信した」

 フロイドの手が片方前に回る。キスだけでガッツリ勃ってしまった僕のちんこを握って、フロイドが軽く一回手を上下させた。

「ひゃっ!?」
「前をこうやって扱いてやれば、まぁ初めてとか関係なく満足できるよな。気持ち良いほうが良いだろ? 後ろの準備はおいおい始めるとして、初回だしな、俺としちゃぁこっちがオススメだ」

 なんだか初めてやるゲームの初期装備を勧められている気分だった。僕がレベル一の勇者で、フロイドはチュートリアルに出てくる説明キャラ。まずは必要最低限の準備でゲームの楽しさを知りましょう! って説明されてる感じ。状況は近からずも遠からずだ。

「う、後ろは、良いの? その、練習……早く始めなくて……」
「別に期限があるもんでもなし、焦る必要はねえだろ。キスだけでこんなんになる奴を急かすのはなぁ」
「うっ……」

 ガチガチのちんこを見ながら言われて何も返せなくなる。威勢よく乗り上げて誘ったわりには、さっきから僕は全然ダメダメだった。

「なに凹んでんだよ。初めてなんだろ? そりゃそうなる。当たり前だ」
「でもなんか、情けない……」
「大抵誰でも最初はそんなもんだ」
「でも……」
「なんだよ、じゃぁ初手から後ろ触ってみるか? そう気持ち良くはねぇぞ」

 フロイドの手がまた穴にかかる。ぶわっと肌が粟立つ感覚はあったけど、それが快感に直結するかは分からなかった。穴の周りをくるくる指でなぞられて、経験したことのない場所の感触に腰が引ける。咄嗟に上体を起こして、困惑から膝立ちで妙なステップを踏み始めた僕を見て、フロイドが「な?」とお見通しとばかりにくつくつ笑った。

「怖いよな、いきなりそんなとこ触られたら。俺はよぉ、やっぱお前が可愛くて仕方ねえんだわ。虐めたくねぇんだよ。気分が良いことだけしてやるから、今日は俺の言うこと聞いてくれ。な?」

 いつの間にかフロイドも体を起こしていて、僕の背中に両手を回すと、ぽんぽん、子供をあやすような手つきで僕を諭しはじめた。優しさに力が抜ける。フロイドの方へと倒れ込むと、しっかり僕を受け止めたフロイドが僕の額にキスをして、「不安にさせて悪かったな」と言った。

 優しい。甘やかしてくれて、僕のこと気遣ってくれて。
 本当にフロイドって、本当にすっごく僕のこと―――ガキ扱い。

「……フロイド」
「ん?」
「ケツ触って」
「は?」
「穴、今日からやる。今日から練習する。指貸して。僕のケツに指突っ込んで、ほじって広げて、フロイドのちんこが早く入るように協力して」
「おい話聞いてたか? そんな焦らなくても……」
「やだ! 僕は焦りたい!」

 うが! って歯を剥き出しにして、僕はフロイドに向かって吠えた。生意気なこと言ってるわりにはフロイドにしっかり体重預けてるし、何だったら優しい感じが格好良かったから僕もしっかりフロイドに両手を回して抱き着いてるわけだけど。でも僕は吠えた。フロイドは僕がいきなり大声を出したもんだから、目をぱちくりさせて、無意識なのか僕の頭をわしゃわしゃ撫でている。

「優しくしてくれてありがとう! 甘やかしてくれてありがとう! 畜生好きだよアンタのことが! 本当に大好き! 何だよ、いい男しやがって! 馬鹿野郎、僕にベタ惚れなくせに、そんないい男でいやがって!」
「俺は今何言われてるんだ? 貶されてんのか?」
「めちゃくちゃ貶してるよ!」
「そうか。貶されてたか。光栄だとしか思えなかったからピンとこなかったぜ」

 斬新な罵倒だな、とフロイドが自分の顎に手をやる。何余裕ぶってんだよ! と僕がその手を叩き落として代わりに舌でベロベロ顎を舐めてやると、フロイドは(いよいよ何も分からん)って顔をして「万国共通のキレ方してくれるか?」と僕に言った。知らないよ万国共通のキレ方とか。僕もいま自分が何したいのかイマイチ分かってねぇよ。フロイドが言うように、前だけ触ってもらってたら今頃すごく気持ちが良い思いしてただろうに。フロイドの手で包んでもらって、優しくちゅくちゅくって扱かれて、キスしたいって言ったらきっとフロイドはキスもたっぷりしてくれただろうし、幸せに気持ち良くなって、パッと終われただろうに。

「よく分かんないけどさぁ! 多分だけど、俺アンタに突っ込んでもらいたいんだよ! 気持ち良いとかもうどうでも良いよ! いや痛いのは嫌だけど! なんだろ、え? 僕そんなこと思ってたの? ていうか俺? 久々に言った俺って! いやそんなこと今は関係なくて! なんていうかさぁ、アンタ良い男過ぎるんだよ。ダメなの。止めてよ。触られたら触られただけ好きになる。気持ち良いことたくさんされたい。でもそれよりもっと、なんだろ、突っ込んでほしい。フロイドの体に抱いてもらいたい――うわ、抱いてもらいたい!? え!? 僕、え!? そんなことフロイドに思ってたの!? 思ってたんだよなぁきっと! だって今僕言いながらすごくスッキリしてる! めちゃくちゃ納得してる! うわぁそっか、僕フロイドに大人として扱ってもらいたいから抱いて欲しかったんじゃなくて、マジでフロイドのちんこに抱いてもらいたかったんだ! わ、わー! フロイドどう思う!?」
「お前ここでパス回すのか!? 嘘だろ!?」

 フロイドが僕の髪の毛をわしゃわしゃかき混ぜながら目を引ん剝く。いやあの、正論です。すいません。さすがにキラーパス過ぎました。でもフロイドは本当に頭が良くて切り替えが早い人だから、ものの数秒でいつもの人を食ったような表情に戻って、ゲラゲラ僕を抱き締めて笑い始めた。

「カジお前、随分と暴かせてくれるじゃねぇか! いや、この場合暴いたのは俺か? 勝手に晒しただけか? まぁなんでも良い。まったくよぉ、なんつうガキくさい奴だ。抱きたくて仕方なくなってきたぜ」

 フロイドが僕にキスをする。今度は躊躇いもなく、唇。触れたかどうかの早さで舌を入れて、フロイドは僕の酸素ごと奪っていくみたいに、舌をぢぅうッ、と吸った。