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 このホテルに通うのも何度目だろうか。ムーディーな空間でのセックスを好む門倉の主義のもと、関係を持ち始めてからいくつかのラブホテルを利用したが、最近は建物が新しく清潔なこのホテルが宿泊に多用されていた。なんとなく気恥ずかしくてポイントカードを作らなかったことが、今となっては梶の唯一の後悔だ。多分初回でポイントカードを作っていれば一度くらいは半額料金で利用できただろう。嘘だ。二回は無料で利用できた。

 体内の熱が徐々にローションに浸透していく。門倉の指が入り、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を上げながら中を慣らし始める。前立腺を擦り、ぐにぐにと肉を掻き分けながらゆっくりと解していく工程はいつものことで、ほとんど毎日使っているのに、それでも穴は毎度固く閉じ、門倉の指を拒んでいた。

「ん……あ、も、もう良いです、いけます」
「イヤいけんじゃろどう考えても」

 強がってみても門倉には通用しない。結局今日も十分すぎるほど指で解されて、梶の息が完全に上がった頃、ようやく門倉はベルトを緩めた。
 買ったばかりのコンドームを開け、梶にもサイズ違いを投げて寄越す。梶はコンドームを受け取り、(やっぱり安いやつと変わんないですけど)と今日も思いながら大人しく装着した。

 門倉が腰を進める。相変わらずの圧迫感だが、十分に慣らされたため痛みはさほど感じなかった。締めすぎないように呼吸を整え、ゆっくりと門倉を受け入れていく。じわじわと熱が腸壁を押し開いていく感覚に、梶が切なげな声を上げた。

「んっ……あ、ふぅ……」

 奥まで入るとお互いに一息つく。みっちりと中に詰まった肉を感じ、梶はたまらないとばかりに熱い息を吐いた。味わうように中が蠢き、埋まっている門倉の性器を締め付ける。痛いくらいの締め付けに眉を寄せ、門倉が徐々に腰を動かし始めた。次第に激しくなっていく動きに、梶の身体が体温を上げていく。

「ぁっ、ぐっ……んっ……ハッ……」

 抜き差しされるたびに控えめな声が梶から漏れる。緩く立ち上がった梶の性器が律動に合わせてふるふると揺れ、門倉はそれを見ながら良い所を探った。前立腺を突くと、梶の声がワントーン高くなる。

「んあァっ……!」

 身体を反らせ、梶が過ぎた快感に首を振る。無意識に逃げようとする腰を押さえつけ、一層深く穿つと、梶の性器から透明な蜜が漏れ出た。全身で快感を拾う梶は、今日も申し分ない感度で門倉を楽しませる。これだけ善がれるならバース性に関係なくオンナじゃろ、と門倉は梶を抱くたび密かに思っている。

「かっ、どくらさ、……っ、もう、僕……!」

 梶の手が自身の性器に伸びる。まだナカの刺激だけで達する事が出来ない梶は、門倉の動きに合わせて自分の性器を扱き上げた。前と後ろの刺激でひっきりなしに口からは嬌声が漏れる。門倉がスパートをかけた。

「あっ、あぁっ! ん、アっ、イ、ク……ッ!!」

 宣言と同時に梶の身体が弓なりに反る。二,三度に分けてコンドームの中に精液を吐き出し、梶がベットに沈んだ。絶頂時の締め付けにより、後を追うように門倉も射精する。

「ンんっ……!」

 射精に合わせて梶が身じろぐ。ある程度ナカの痙攣を味わったあと、門倉がずるり、と自身を抜いた。太い杭が抜かれ、梶の穴が物足りなさそうにくぽくぽと伸縮しする。もう一度埋め込んでも良かったが、日中立会で気を張っていた分、門倉の身体には心地よい倦怠感が訪れていた。

「あっ、ハッ、あー……あの、今日も気持ち良かったです、門倉さん」
「ん。梶も相変わらず最高じゃったよ」

 門倉がコンドームを外す。たっぷりと中に溜まった精液が、門倉の満足を伝えていた。
 門倉が自分とのセックスを楽しんだことに安堵しつつ、世の中が欲しがって止まないαの精子が今日も無駄打ちされた事実に梶の心が痛む。体格と頭脳に恵まれた門倉の遺伝子だ。生まれていたら、さぞ丈夫で優秀な子どもになったのだろう。
 もしも門倉の種が実を結んだら、末は博士か大臣か。妄想は尽きないが、現実にはコンドームに出された精子の未来はもう決まっている。このままゴムの口を縛られ、ゴミ箱に捨てられ、何の痕跡も残さないままゴムの中で死滅していくのだ。
 切間の言葉がふわふわした頭の片隅にチラつく。梶の胃がしくりと痛み、つい門倉の腕を取った。

「あの、門倉さん」
「んー?」
「そのゴム、僕に貰えませんか?」
「……は?」

 今まさに処理をしようとしていた門倉が、途端顔をしかめて梶を見る。

「……ゴムの中に出した精子なん、数十分で使い物にならんようになるぞ」

 おそらくロクでもない商売を持ちかけられたことがあるのだろう。門倉は忌々し気にゴムを睨み、中に溜まる自分の精液を「気色悪い」とこき下ろした。

「違いますよっ、売るわけないじゃないですか!」
「じゃぁ何すんの?」
「いや、ちょっとテイスティングっていうか……」
「おどれ何言うとるんじゃ」

 疑いは晴れたが変わらず門倉は嫌そうな顔で梶を見ている。たしかに自分の発言は変態じみていて、怪訝な顔をされても仕方ないけども、と梶は苦笑した。

「ちょっとあの、味がみたいだけなんです! 変なことには使いませんから!」
「うん、味見がそもそも変やけどね?」

 追い縋る梶に、門倉も『仕方ない』といった顔で応じる。口を縛らずに手渡されたコンドームは、もって見ると意外なほど重量があってドキリとした。

 さっそく中の精子を押し出し、梶が半分ほど掌に乗せてみる。当たり前だが見た目は自分の出す精液とさほど変わらない。おそるおそる舐めてみてもフェラチオの時に味わう苦い味と青臭さが鼻に抜けるだけで、別段アナルに吐き出されたからといって目新しい発見があるわけではなかった。
 ただ、口に含んだ精液を飲み下した時、梶の身体がドクリと脈打った気がする。
 気のせいだろうか。心臓がドキドキして、顔に熱が集まってくる。基本的に門倉はフェラをさせても精液は吐き出すよう言ってくるため、精液を飲み下したのはほとんど初めてだった。まずいが、嫌悪感は無い。むしろ好きな人間の精液だと思うと興奮さえ感じる。

「ホントに味見しとる」
「いや、えへへ……やっぱりあの、美味しくないですね、精液って」
「そりゃそうよ。可哀相じゃからって飲まんでええようにしてきたのに、雄大の心隆臣知らずやね」

 苦笑して門倉がシャワーに立ち上がる。「残りは捨てときんさい」と念を押す姿を見送って、梶は未だ手に残る精液を眺めた。
 
 
 
 門倉がバスルームに消えたところで、梶はおそるおそる指先で門倉の精液をすくい、その手をアナルへと持っていった。
 ローションで濡れぼそっている穴に精液に塗れた指を差し込み、ぐいぐいと塗り込むように腸壁を擦る。行為を済ませたばかりで敏感なそこは、自分の指であっても素直に刺激を拾った。梶は男性でβ性だ。一連の動作に何の意味もないことは分かっていたが、どうしても指を止めることが出来なかった。

「んっ、ぅ、クっ、んンッ……」

 擦れるごとに、体に反比例して頭の中が冷え込んでいく。

(僕、何してんだろ)

 門倉の精液を腸内に塗り込んだところで自分はΩではないのだ。貴重なαの遺伝子も、このままたんぱく質として吸収されるのが関の山である。
 βの男は相手のバース性が何であれ妊娠はしない。どれだけ中に精を吐き出されても孕まない。
 梶だってそんなことは知っている。痛感している。だってそれは、かつて自身の身体で証明してきたことだ。
 
 
 いつかの飲みの席で、梶は自身のβ性を「自由」と表現した。勿論言葉には、運命の番に振り回されないβの恋愛観の揶揄が込められている。ただ、それだけでは無かった。あえて言葉を濁したが、梶が自身のβ性を愛する理由が、実はもう一つあった。

 梶がまだ「女の連れ子」であった頃。日常的に暴力をふるう類の父親の中には、折檻の一環として梶に性的な虐待を施す人間もいた。

『お前が俺と同じαだったら金になったし、Ωだったら貴重なαのガキを孕めた。なのに、実際はどうだ? βのお前は誰がどれだけ子種を恵んでやっても孕まない。そんでもって出すザーメンは、全く何の役にも立たない! お前はこうやって、ただ性欲処理のために、意味のねぇセックスを提供してやることしか出来ないんだよ。利点があるとしたら一つだな。コンドームの節約が出来て良い!』

 未熟な体を暴かれ、苦悶の表情を浮かべる隆臣に、父親たちは繰り返し彼のβ性の身体を罵った。始めこそ隆臣も己の身体を呪ったが、回数を増し、父親のみならず無理やり取らされた客や父親の知人、β性だけでなくα性とΩ性からも種を注がれた時に、隆臣は気付いたのだ。
 自分がαだったら、知らない人間に呪われた子どもを産みつけていたかもしれない。自分がΩだったら、知らない人間の子種を孕む恐怖に怯えていたかもしれない。βだから、何も起こらない。何も怖くない。いくらセックスしても、いくら体内に射精されても、男とセックスしている以上隆臣は“このあと”が絶対に無いと断言できる。

 父親たちは梶とのセックスを『意味のないセックス』だと言った。梶にとって、それは救い以外の何物でもなかった。梶がβで、βは孕めないからこそ、あの無意味な暴力行為はいま全て過去に出来ているのだ。
 梶は今日まで、自分のβ性を愛してきた。
 不自由な日々の中で、唯一彼の自由を守り抜いたものこそ、彼のβ性だった。

 ────なのに、なぁ。

 ハハ、と乾いた笑いが梶の口から漏れた。下からはぐちゅぐちゅと濡れた音が聞こえ、門倉の精液を搾り取ろうとするように肉が動いている。んっ、と甘い吐息を漏らして、梶は自分だけに聞こえる程度の声で呟いた。

「……ガラスの靴が綺麗なことくらい、僕だって分かってる」

 〇.〇一ミリの薄皮のようなコンドームを、梶は口に含み、先端を歯で噛み切る。
 ドロリと口内に流れ込んできた残りの精液を舌に乗せる。
 と、ふいに。

「……ん?」

 甘い味がした。

「……あ? ……あ、……アァ?」

 甘い。
 そう認知した途端、梶の下腹部が、にわかにザワリと疼いた。

 今まで意識したことのない辺りが脈打ち、中からピリピリと刺激を感じる。下半身に広がる疼きに首を傾げ、梶は使っていなかった左手で患部を押さえた。
 疼きは二か所から湧き上がっていた。臍の下と、腰骨と同じ高さにある、左右対称の部分。こんなところに何か臓器あったっけ? と顔を顰めながら梶が患部を交互に摩る。じわじわと刺激は強くなっていたが、痛みというほどではなかった。中から爪の先で突かれているような感覚であり、疼きには甘ささえ感じた。

 ほどなくして、精液を乗せている舌にも不思議な痺れが出始めた。甘いチョコレートを舌の上に乗せたような、甘さに溶けてしまいそうになる独特な痺れが舌全体に広がる。
 同じ刺激をもう一か所にも感じるようになっていた。梶が指を埋め込んでいる体内。門倉の精液を塗り込んだ部分が、燃えるように熱くなりはじめている。

「なん……? ……体……あつッ……」

 身体が徐々に高揚していく。イッたばかりのような、肌が過敏になった感覚がある。本能的に恐怖を感じ、梶は体内の指を引き抜こうと右手を動かした。

「ッ、!? ァ、んアアぁあッ!?」

 瞬間、脳天まで衝撃が走った。一瞬で腰が砕け、梶は枕に顔を突っ伏す。
 ただ指を抜いただけなのに、アナルがひくひくと伸縮を繰り返していた。下半身に嫌な感触があり、まさかと思いながら視線を向ける。先ほど達したばかりなのに、精液がとろとろと鈴口から漏れだしていた。自分が達したのだと気付き、梶が目を見開く。後ろでイけたことがない自分がどうして、という疑問と、減るどころか射精したことで増長していく身体の火照りに理解が追い付かなくなる。
 何だこれ、熱い、イったのに熱が引かない、怖い、誰か。
 快感でカタカタと痙攣する身体を抱きしめ、梶は縋るように部屋を見回した。どうすれば良いのか途方に暮れる梶の目に、ソファにかけられた門倉の上着が映る。

 ────アレだ。

 梶は転げ落ちるようにベッドから離れると、もたつく足で上着を目指し歩き出した。
 身体を持ち上げた際、体内からトロリと何かが漏れる。ナカに仕込んでたローションだろうか、とぼんやり考えながらフラフラと歩いていく。なぜかは分からないが、無性に門倉の服が欲しかった。ソファからベッドまでそれなりに距離があるにも関わらず、一歩進むごとに上着からふわっと匂いが漂ってくる。花のような、砂糖菓子のような甘いにおいだ。鼻が利く門倉は基本的に香りの強いものは好まないはずだが、甘いにおいは梶の脳を蕩けさせ、口に唾液を溜め込ませた。
 ようやく上着に辿りつくと、梶は躊躇いなく鼻を押し付けて胸いっぱいに息を吸いこんだ。門倉に守られているような安心感に動悸が少しだけ納まる。甘いにおいが梶を必要以上に脱力させ、足腰から踏ん張りを奪った。その場にへたり込みながら、なおも梶は、門倉の上着を抱きしめていた。
 安心できる。でも、体の熱はとても消えてくれない。どころか門倉のにおいに包まれ、一旦は収まったはずの動悸が押し返す波のように、より激しく梶の胸を打ちはじめた。体内の疼きも増している。一番初めに感じた下腹部のざわつきは無視できないほど大きくなり、心臓が下腹部に移動したのかというほどに強く鼓動していた。

(ここってドコだろ)

 押さえながら、梶はふと、以前生理痛だと言ってバイト仲間の女の子がお腹を抱えていたことを思い出した。「いきなり来ちゃったの。ゴメンなさい」と額に脂汗を浮かべた彼女は、厳密にはヘソより少し下を抑えていた気がする。
 自分の押さえている部分と、記憶の中で女の子が押さえていた部位を比較する。ほとんど同じ位置を抑えていることに気付き、梶は一瞬呼吸を忘れた。
 あの時女の子は確かに『生理痛』と言った。なぜ僕は、いま彼女と同じ場所が疼くのだろう。生理痛とは、どこで何が起こる現象だったか。
 
 
「───何やっとんの梶?」
 
 降ってきた門倉の言葉に、梶はハッと我に返った。
 シャワーから上がり、下着姿で出てきた門倉が梶を凝視している。自身の上着に頭を突っ込んだ梶を不思議そうに見つめ、門倉は一歩部屋に踏み込み、ピタリと足を止めた。

「は?」

 咄嗟に門倉が鼻を覆った。息を止めて部屋中を見回し、赤い顔の梶を見る。
 蒸気した頬で門倉の服を抱きしめている梶は、手で下腹部を抑え、全身をふるふると震わせていた。

「……は?」
「あっ……門倉さ……」

 声を聴いた途端、門倉は直接脳を揺さぶられる感覚に陥った。聞き慣れたはずの梶の声が頭の中に反響する。目の前には自身の上着にすり寄って荒い呼吸を繰り返す梶が居て、女体であれば子宮があるだろう部位を摩りながら、時折ピクピクと身体を痙攣させている。

 なんだこの匂い。なんだこの光景。心当たりがあるにはあるが、だがそんな、まさか。
 梶に関しては決して在り得ないはずの単語が、門倉の頭に反射的に浮かんだ。
 そんなはずはない、と理性が否定をかける反面、この光景を説明できる症状を、門倉は一つしか知らない。

 意を決して、門倉が鼻を抑えていた手を外す。あり得ないと頭で何度も繰り返しながら、少しだけ鼻から息を吸った。
 果物と花を煮詰めたような、濃密な芳香が門倉を脳天に突き刺さった。足元がふらつき、思わず壁にもたれかかった門倉は、急に激しくなる動悸と滲む視界のなか確信を持つ。
 
 
 間違いない。
 これはヒートだ。
 
 
「あ……ごめんなさ、……服……ほしくて……シワに、なっちゃうけど……」
「待て。シワはどうでも良い。喋らんで」

 何で梶にヒートが起きとる。Ω特有の生理現象でαずのヒートが、どうしてβの梶の身体で。
 困惑する門倉の頭に、以前新聞で見かけたニュースが駆け巡っていった。普段ろくに読まない医療分野の記事だったが、もし梶がこうなったら、とニヤつきながら考えて偶然全文に目を通していたのだ。興味深い記事だったため、内容もはっきりと覚えている。
 
 『後天性Ω』と名付けられたその症状は、長くαのフェロモンを浴び続けたβが、何らかのはずみでΩ性に転身するというものだった。症例数は多くないにしろ、近年世界の各所で偶発的に起きている事例らしい。記事内ではβの進化過程ではないかと論ぜられており、『どえらい方向の進化じゃのう』と一人茶化した記憶がある。

 現段階では転身の明確な条件も、Ωになれるβの基準も解明されていない。だが逆に、発症条件が分かっていないなら、この国で梶の身に発症しない根拠も無かった。
 仮に、長期間に渡り一定量のフェロモンを浴び続けたことが転身の前提だとしよう。
 梶の父親はαだったと聞いている。父親と死別した後は、Ωの母が連れてくるαの男たちと寝食を共にし、その後は門倉やα性を持つ他の立会人なりギャンブラーと関わりながら、日中はαの温床といっても良い倶楽部賭郎で、夜は斑目貘という強烈なαと一つ屋根の下で共同生活を行ってきた。
 門倉を含め倶楽部賭郎に在籍する人間は、αの能力を最大限まで引き出そうとあえて抑制剤を服用しない人間が大半だ。ともすれば微量とはいえ、フェロモンはごく自然に常から周囲に垂れ流されていたのだろう。

 日常的にαのフェロモンを浴び、梶の体は徐々にΩへの転身条件を揃えていったものとする。
 『あとは最後の決定打が』という地点にまで至ったところで、もし、門倉のような存在が梶に出来たとしたら。

 門倉と公私共にパートナーとなった梶は、この短期間で集中的にαの濃いフェロモンを受け取ってきた。挿入時こそコンドームは着けていたが、キスやフェラといった遺伝子を直接取り込む行為は数えきれないほど行ってきたのだ。空気を通し、粘膜を通し、欲に当てられたαにΩのような扱いを受けて心から悦びを感じる。そんな行いをβ性の体で経験したら、梶の体が己のバース性を錯覚したとしてもそう不思議ではない。
 これほどまでにαが身近に存在し続けたβがはたして世界に何人いるだろう。Ωへの転身は世界各国で偶発的に起きている現象だ。数はそう多くはない。しかし世界中に後天性Ωは点在している。
 あるいはその発芽の確率は、梶のような環境下に置かれたβの存在確率と一致するのではないか。
 
「梶、お前……」
「門倉さん……」

 よたよたと梶が近づいてくる。一歩近寄るごとに香りの波が門倉に押し寄せた。
 まるで自分のために調合されたような、自分さえ知らない好きな匂いだった。鼻腔に香りが充満するたび自分が自分でなくなっていく気がする。ここに居たらまずい、嗅ぎ続けたらまずいと思うのに、足は動かず、肺は狂ったように呼吸を促した。梶から目が離せない。普段は出来のいい頭が全く動かなくなり、代わりに猛烈な飢えだけを感じていた。まるで数週間何も食べていないような、経験したことのない飢餓感が門倉を襲う。カラカラに乾いた口の中は、梶の濡れた瞳を見ただけでジュワリと唾が湧いた。心境は目の前にご馳走を出されて、我慢できずにダラダラと涎を垂らす猛獣のソレだ。

「さっきから妙に暑くて……なんだろ、よく分からないんですけど、なんか変で……こんなとこ、僕の体には何にも無いはずなのに……」

 当然と言えば当然だが、梶は門倉以上に現状を把握出来ていないようだった。身体を震わせながら、愛おしそうに門倉の服に頬擦りしては時々生地を食んでいる。『αのフェロモンに当てられている』という状況が、βとして生きてきた梶は経験則で察する事が出来ない。ただ本能だけで心地よい匂いを嗅ぎ、その持ち主を欲していた。
 汗の浮かぶ肌やテラテラと赤く塗れる舌がどれだけ門倉を煽るのかも知らずに、半開きの口で梶は「ここ」と下腹部を両手で包み込んで言う。

「身体も暑いけど、ここ、ここが一番、熱い。なんか、熱くて、しびれて、上から押すと気持ちいい。けど、これ、ナカから気持ちよさが来てて。中が気持ち良くて、だから、ナカの上から押しても、すごく、きもちぃ」

 熱にうなされて梶の言葉が次第に幼くなっていく。はふはふと荒い呼吸で酸素を取り入れ、気管支が渇くと苦しそうに咳込む。そして咳の振動でまた体が疼き、またはふはふと荒い呼吸を始める。見ながら、興奮が行き過ぎて体に限界が迫っているのだと門倉は思った。

 ゆっくり、けれど引き寄せられるように迷いなく。梶はようやく門倉の前までやってきた。

 眼前に晒すと、梶の異常がよく分かった。肌寒いほどにエアコンが効いた室内で汗をかき、熱で蕩けた目は薄い涙の膜を張って目尻を赤くしている。肩で息をしながら色のついた吐息を漏らし、太ももには中から漏れ出た体液が伝っていた。門倉の服は梶の涙と唾液で汚れている。眉を寄せた門倉は、梶から自分の服を奪い取ると部屋の隅に投げ捨てた。

「あ、ふくっ……!」
「もう要らんじゃろ」
「いるっ、あれが無いとっ……」
「必要ないんよ……ア˝ー、くそが。だから、本能なんてロクなもんやないんじゃ」

 梶の腕を掴み、門倉は強引に身体を自分の方へと引き寄せた。抵抗もなく胸に納まった梶を抱きしめ、首筋に顔を埋める。本能が求めるまま梶の濃いにおいを肺に吸い込むと、かかる息だけで感じるのか、短く喘いだ梶が擦り寄ってきた。
 しっとりと汗に濡れた肌がシャワー上がりの素肌に吸い付く。意図的か無意識か、梶の熱い舌が門倉の鎖骨に押し当てられていた。汗が、唾液が、清めたばかりの身体にまとわりついている。普段なら冗談でも言い合って楽しむ状況に、門倉はろくに言葉が出ないほど興奮していた。
 もっと汚せ、とただ押し当てられただけの舌をもどかしく思う。他人の体液で汚れた服に嫉妬する日が来るなんて、門倉は今まで想像したことも無かった。
 梶が顔を上げる。だらりと放り出された舌が門倉を誘っていたので、門倉は素直に舌を吸った。招き入れた舌は妙に甘ったるく、コイツの唾液はガムシロで出来とるんか、と梶の口内を犯しながら思う。舌の根を刺激すれば、じわじわと唾液がまた滲み出てきた。甘さが喉と理性を焼いていき、渇いた喉を潤すために門倉は飽きることなく何度も梶の唾液を啜る。渇くから求める、求めたから渇く。ひどい悪循環から抜けられずにいた門倉を、梶の手が強引に止めた。

「門倉さ、も、やめ……!」
「あ?  うっさいのぅ、喉渇いとるんじゃこっちは」
「ん……?  みず、のみます……?」
「味ついとらんけぇ嫌」
「……ぼくの口も味ついてないですけど」

 梶が不思議そうに見上げる。「そんなわけないじゃろ砂糖で出来とるくせに」と自分でも訳の分からない文句をつけて、門倉は梶の身体を持ち上げた。ぐっと近くなった梶の首筋に生唾を飲み込み、乱暴に梶をベッドに投げ落とす。期待で息をあげる梶に覆いかぶさり、梶の喉を舐め上げた。梶が喉を仰け反らせると、口内の渇きがまたやってきた。限界が近いのは門倉も同じだ。
 
 噛みたい。
 門倉は本能的に思った。
 
 興奮状態のαがΩの首筋を噛むことで番の関係は成立する。
 本当に梶はΩになったのか、そうではなく一時的に発情期に似た症状を起こしているに過ぎないのか。
 門倉が先ほどから行っている後天性Ω云々の考察も、あくまで以前に読んだ類似の記事からの憶測に過ぎない。そもそも記事にはヒートや番に関する詳細は無く、番の関係が成り立つのかも、梶の身体にどんな影響が及ぶかも分からないことだらけだった。
 頭では分かっている。普段の門倉であれば、リスクを伴う行為を相手に施そうとも思わない。ただ、今回に限っては本能が全てを凌駕しそうだった。危ないことは避けたいのに、現にいま、門倉は梶の首から目を逸らせない。

 窮屈になっていた下着をズラすと、暴発寸前まで膨れ上がった門倉の性器がブルンッと勢いよく顔を出した。早く挿れたい、ぶちまけたいという欲求を必死に抑え込み、門倉はなんとか衛生用品の準備を済ませる。本心を言えば今すぐにでも種を植え付けたかった。ただあまりに門倉本人に余裕が無いため、いきなり本能に従えば梶どころか自分もどうなるか分かったものではない。

 ゴムをつけてヤってみて、大丈夫そうならそん次はナマでヤりゃええ。

 ビクビクと痙攣する自身を梶の穴に押し付ける。ゴム越しでも分かる肉の熱さにクラクラする。急かすように肉をヒクつかせ、門倉を飲み込もうとする梶に、気を抜けば挿れる前から出してしまいそうだった。

「あ、え……? 門倉さん……す、るの? もう一回?」
「おん。一回で済むかは知らんけどね」

 宣言して、首筋に顔を埋める。ニオイで思考が擦り切れていく中、犬歯が梶の皮膚に食い込んだ。梶のニオイが強くなる。歓迎するかのように梶の身体が喜びで震えている。じわじわと門倉の歯牙が食い込んでいく中、夢見心地だった梶の表情が一転した。

「ひぅっ……! 待っ、門倉さん!!」

 梶が門倉の身体を押し返す。脱力した身体は普段の彼とは比べ物にならないほど弱弱しかったが、必死に首を振って拒絶する姿に、門倉の動きが止まった。

「なに」
「いま、なにを……!?」
「噛もうとしとった」
「なんっ……なんで……」
「梶と番になりたいから」

 簡潔な門倉の物言いに、彼の肌に添えられていた梶の手がわななき始めた。
 カチカチと歯が鳴り、熱で涙の膜が張っていた瞳は、今度は恐れから涙の量を増やす。溢れたものが目尻から喉元へと流れ落ちた。

「ちがう、だめ、門倉さん。大体、僕はβで……!」
「今の梶はヒート状態や。理由は分からんが、梶の身体は今、Ωの特徴が色濃く出とる。αの勘っちゅうんか、本能的な確信じゃけど、いま項を噛めば……」
「だめ!!」

 梶から発せられた声は叫びに近かった。
 押し返していた手を引っ込め、梶が布団の上で丸く縮こまる。両手を首の後ろに回し、キツく目を瞑った梶は、転じて蚊の鳴くような声で言った。「おねがい、かどくらさん、噛まないで、おねがいします……!」

「………ダメ、か。嫌とは、言わんのやね」

 門倉がそっと梶に覆いかぶさった。体重をかけないよう片手で支え、怯える梶の背中を撫でながら、首を守る手に唇を落としていく。梶の上擦った声が上がるたび、唇を押し当てる時間が伸びた。

「嫌じゃないなら、なんでダメか教えてくれん? 解決策、あるかもしれん。一緒に考えよ。ワシも考えるから。ね?」

 普段の門倉からは想像もつかないような、甘い声色と、甘い言葉選びだった。耳元でささやかれた梶はびくりと身体を揺らし、おそるおそる目を開ける。視線が合うと、門倉の瞳がトロリと細められた。
 梶の心臓が跳ね、同時に愕然とする。
 門倉の瞳は、母を見つめる在りし日の父と瓜二つだった。

「―――怖いんです」

 梶の声がほとんど無意識に落ちた。首に添えた手を舐められ、解いてしまいたくなる気持ちを、梶は無理やり過去の薄暗い記憶で繋ぎ止める。

 門倉の表情は柔らかかった。梶のことが、可愛くて、大切で、この世の誰よりも愛おしい。門倉やかつて父が母に浮かべている表情は、そういった相手への気持ちが溢れ出たものだ。見つめられると、体中の血が沸き立ち、頭のてっぺんから爪先まで幸福が満ちていく。この瞳にずっと見つめられたら、この幸福感に身を委ねられたら。どれほど素晴らしいだろうかと、梶の頭に強烈な誘惑が過った。

 そうか、父さんは、母さんは、こんな気持ちでいたのに別れなければならなくなったのだ。

 たった一人が居なくなっただけで壊れてしまった自分の母親を、梶は同情しつつも、本心で理解は出来なかった。Ωの息子として生まれたβは成長し、真っ当に生き、腐り、そしてまた立ち直って前を向く。“たった一人居なくなっただけ”という感情は、多くの人間を見送るギャンブラーの生活を経て梶の中でより強固な考えとなっていた。
 誰しも大切な人間が一人はいるが、多くの場合、大切な人間というのは一人ではない。誰かが居なくなってどれだけ心が空虚になったとしても、いつかその孔には新しい人が補填されるだろう。それが普通の、βの人生というものだ。
 門倉を好ましく思っているのが紛れも無い事実だとしても、彼もいつかは梶にとって“たった一人居なくなっただけ”に分類されるはずだった。門倉さんはαだけど僕はβだから。だから大丈夫だと梶は一緒に居た。だから大丈夫だと梶は門倉を愛した。
 なのに、だ。

「噛まれたら、門倉さんは僕の唯一になる。それは替えが利かなくなる呪いです。一人に全てを委ねるんです。ギャンブラーが、明日死ぬとも分からない僕たちが」

 梶はもう一度目を瞑った。門倉を瞳に映したまま、突き放すことが、もう梶には出来なかった。

「僕はそんなの、怖い、こわい……!」

 
 梶の背を撫でていた、門倉の手が、ピタリと止まった。
 あぁ失望された、終わってしまった。そう唇を噛みしめた梶の耳に、ふ、と風が吹き込まれる。「ふひゃッ!?」と突然のことに場違いな奇声を発した梶を笑い、門倉が梶の唇を食んだ。血が滲んだ梶の唇を舐め、熱い舌を絡めとる。ふにふにと甘噛みしたあと、まるで予行練習だとばかりに、門倉は梶の舌を一度だけ強く噛んだ。

「ンン!? ……な、に……!?」
「あんまり甘くて食いたくなったから、つい」

 いけしゃあしゃあと言い、門倉が自重を支えていた手を外す。途端にグンと負荷がかかり、重みに喉を鳴らした梶を、間近に迫った門倉が「むやみに喉を使わんで。喉仏が動くと、なんじゃろ、歯が疼くんよ」と脅した。

「結論から言うわ。梶、おどれはな、もう手遅れじゃ」

 ワシも考えると言ったのは何だったのか。
 あっさり引導を渡され、梶はまだ痛みの残る舌で「少しは考えるなり相談するなりしましょ!?」と吠えた。
 が、門倉はどこ吹く風とキスをして、梶の不満ごと声を喉の奥に落とし込んでしまう。

「だってもう、とっくに梶は怖いじゃろ。ワシと離れるのが怖いから、考えしいのおどれはβの体でここまで来たんよ。違う?」

 背中を撫でていた門倉の手が、いつの間にやら梶の首を守る両手にかかっている。指の一本一本をすくい上げ、愛撫するようになぞり、力の抜けた指から自身のそれと絡めていく。片手が完全に外された状態で、梶がまた怯えて目を瞑った。

 けれど今度は、

「梶、目ぇ逸らすな。腹を括れ」

 という門倉の声が梶を阻んだ。

 酷い男だと梶は思った。門倉さんは酷い男だ。目を逸らすな なんて、そんな強く熱い目で見つめられて、思ってもない嘘を言えるわけがないのに。

 
「…………離れることが怖くても、離れることが出来るのが、βなんです。もし番になったら、僕はどうしたら良いんですか? 馬鹿正直に門倉さんの赤ちゃん作って育てるの?  門倉さんにそっくりで生意気なヤンキーのために、学ランの裏地に龍とか縫い付けろって言うんですか? ねぇ、来るんですかそんな未来。本当に。僕はギャンブラーで、貴方は立会人です。死んじゃったら、それで終わりなのに」

 恐る恐る目を開け、梶が急かされるように言葉を並べ立てる。
 震えながら首元を守る左手と、唇や吐息の刺激だけで跳ねる身体と、一度絡めたら門倉の手に縋りついて離れようとしない右手。どれを取っても説得力の欠片も無かったが、憎まれ口の一つでもきかないと、すぐにでも門倉に擦り寄ってしまいそうだった。
 頑なな梶に対しても、門倉は咎めることをしなかった。唇に何度目かのキスを落とし、懇願するように額を梶の左手に押し当てる。「そんな未来の話してもどうにもならんよ」と流して、門倉が顔を上げた。至近距離に見る門倉の瞳は、やはり愛おしそうに梶を見ていた。

「ワシも梶もいつ死ぬとも分からん身や。死別に離別、それよりももっと悲惨な別れ方だってあるかもしれん。けど、梶。腹括ってワシを選びんさい。幸福になれんくても、楽になんてなれなくても。選べ。ワシを」
「どうして」
「なぁ梶。訂正するよ。運命はきっとある。今ワシはそれに賭けたい」

 梶の左手を門倉の指がノックする。既に乗っているだけだった手を掬い、シーツに縫い付けた。
 晒された首筋に愛でるかのような口付けを数度して、門倉は、もう取り繕えないとばかりに舌なめずりをする。

「一緒に負けてよ梶。運命に。そしたら二人で、これからの未来はきっと勝てるから」
 
 
 門倉の渾身の告白は、梶に届き、胸に落ちていった。
 コクン、と梶の喉が鳴る。
 それを合図に、梶の首に門倉の歯が立てられた。
 
 犬歯が梶の皮膚を破り、じわりと滲んできた血と門倉の唾液が交じり合う。僅かな痛みと、途方もない幸福感が梶の身体に満ちていく。二人はどちらからともなく抱きしめ合い、唇を合わせた。初めてしたキスもこんな風だったかもしれない、と梶は記憶の欠片を掴んで思う。
 
 
 ―――本当にやってしまった。
 
 
 門倉の薄い唇を食みながら、梶はぼんやりと状況を理解し始めていた。
 βだった梶にはバース教育がそれほど徹底されておらず、番うやり方についても一般常識程度にしか知らない。一度きりの取り返しがつかない儀式と聞いていたので、一般人の梶が(ちょっと痛いなー)と思うくらいの力で噛まれただけで本当に番の契約になるのかは正直疑問だった。
 とはいえ、まぁ顎の力も当然強いだろう門倉に本気を出されたらその瞬間梶は死んでしまうだろうし、α本人が首筋を噛んだのだから、コレで間違いなく番ったのだろう。
 想像よりも呆気なかった儀式に困惑しつつ、梶はいまだ自身を抱きしめてくれている門倉の身体を全身で堪能する。匂いは相変わらず強く、スンスンと犬にでもなった気分で鼻を鳴らした。
 門倉の匂いは果物と花を香水と蜂蜜を煮詰めたような、門倉雄大という人物からは想像もつかないほど甘く瑞々しい匂いだった。意外過ぎるのに、不思議と違和感はない。本人はフェロモンのことをドンキで売ってるやっすい香水と同じだと評していたが、まぁそんな気はしていたものの、(いや全然違うじゃないスか)と梶は内心ツッコミを入れる。

 血が滲んでいるであろう傷跡を、門倉の指が撫でている。その指が少しずつ下に落ちて、梶の胸の飾りを掠めた。
 梶がピクンと身体を揺らし、丸めていた身体を弛緩する。
 スルリと足の間に入り込んできた門倉を改めて見た梶は、先ほどからの豹変ぶりにギョッとした。瞳が欲でギラギラと燃えており、ふぅふぅと呼吸が荒くなっている。

 え、いきなりどうしたんスか。

 梶が声をかけようとした途端。
 歯を剥いた門倉が、予告も無く性器を梶の中へと一気に押し込んだ。

「いッ!? ……ア、ア、あ゛あァ!?」

 梶の身体が盛大にのけ反り、ギィ! とベッドが盛大に悲鳴を上げた。
 一切痛みのない挿入に、梶は目を白黒させて接合部を見る。明らかにローションではない液体が穴から溢れ、漏れだした粘着質なソレは梶の身体を腿まで濡らしていた。自分の体液だと梶が理解するまでに、そう時間はかからなかった。

「アぁっ!? ッ、! ……ん、ァぁっ! あ゛! ん、はっ、ッ!」

 頭がおかしくなるような快感だった。抑えようと思ってもひっきりなしに声が漏れ、体の痙攣が自分の意思で止められない。体液は梶が感じるごとに分泌され、どんな角度で入れても、どれだけ激しく突き上げても、痛み無く門倉を受け入れた。
 締め付けてばかりだった中は柔軟に形を変えねっとりと門倉に絡みつく。強弱のついた中の動きは、門倉だけでなく梶本人も高ぶらせた。
 体をくねらせてよがり狂う。戻ってこれなくなるような快楽に、梶は怯えた。

 なんだこれは。 
 こんなセックスは知らない。

「ひぎっ、ヒぃっ! アァ゛、ん、ッ!!」
「ハッ……出来が良いのぅ、もうΩが板に付いとる」

 梶の足を抱え、門倉が荒々しく自身を突き上げる。じゅちゅ! ぐちゅ! とそのたび信じられないように水音が上がり、梶の耳を犯した。

「あぅっ……ッ、……! ……くふ、ぅっ! ……ゥアぁ、あンッ、あ、あぁ……ア゛―」

 ドロドロに溶けた知らない声が梶の口から上がる。下半身はいつの間にか吐き出していた精で汚れ、門倉が突き上げるたびに芯の無い性器から透明な汁が垂れた。
 いつイッたかは覚えていない。今まで絶頂の時しか感じていなかった強い快感を、先ほどから一突きごとに感じているのだ。挿入されてまだ数分だが、梶はもう自身の達した回数が分からなくなっていた。

 何度か射精して、早々に梶の性器からは精液が出なくなっていた。勃起もしない。それなのに奥を擦られるだけで、中の痙攣が止まらなかった。

 いわゆる中イキだけを繰り返すようになると、梶はさらに追い詰められた。快感に終わりが見えず、絶頂の瞬間がずっと続いているような状態に、梶の精神は壊れる寸前まで責められる。快楽地獄ってこういうことを言うんだな、と白目をむきながらぼんやりと考えていた。強すぎる快感に失神し、また強すぎる快感で強制的に覚醒させられる。糸の切れた人形のように揺さぶられるまま動く梶を、門倉はありったけの力でシーツに押さえつけ穿ち続けた。

「あぎっ、ィ、ひぃっ、あ゛んっ、ン、お゛ッ、オ゛!」

 途中から喘ぎ声は濁音にまみれ、獣が呻いているようだった。遠慮のない突き上げで、時折ブチュン! と音を立てて門倉の性器が梶の奥の奥まで貫いてくる。梶の足を持ち上げ、門倉が膝立ちになって行う体位では、指や普段の行為では届かなかった所にまで門倉の性器が届いた。自身の快感と、梶の身体を侵略することを目的とした行為に、梶の身体をゾクゾクと衝動が走る。

 貪られている。あの門倉雄大に。
 普段気恥ずかしくなるほど丁寧なセックスをする男が、一心不乱に腰を振る姿が頭上にある。梶はその耽美さにまたイった。

「……っは、ぁヴ……、ッンオ゛、ん……っ、ッ! ィ、い゛っ、……ッあ、あ゛アァー!!」
「……、ぅ……!」

 たまらないとばかりに門倉の声が漏れる。今までほとんど聞いたことの無かった門倉の喘ぎ声を聞き、梶の中がまた痙攣した。絞り切るような動きに、門倉はまた小さく声を上げる。
 シーツに全身を投げ出した梶の上に、門倉が重なるように倒れ込んでくる。汗と梶の吐き出した精で、二人の身体は隙間なく密着した。
 ベチャ、とベッドの下で音がする。見ると口を結ばれたゴムがおざなりに床に捨てられていた。
 二回目の射精のはずなのに、むしろ中に溜まった精液はさきほどより多い気がする。何度も達している自分を棚に上げて(すげぇな門倉さん)と思っている梶の穴に、また熱の感触があった。
 しっかりと芯がある物体がぬかるんだ肉に埋まっていく。と、進むごとに梶の身体が脈打った。先ほどよりも強烈な熱量に期待より恐怖が勝る。さっきと違う、と視線を下に向けた梶は、自身に埋め込まれた剥き出しの性器に息を呑んだ。

「へ、あ゛……!? か、どくらさん……? あの、ご、ゴムは……!?」
「あれ嫌じゃ」門倉が首を振る。子どものような口調だった「ずっとちゃんとしとったろうが。もう良いじゃろ。だって、もう、良いじゃろ。違う、もうアレじゃいかんのよ。そう、いかん。いかんわ、のぅ」

 門倉がうわ言のように繰り返す。何かに急かされるように梶を掻き抱いて、首筋に鼻を押し付け、荒い息を繰り返した。
 驚いた梶が門倉の顎を持ち上げる。と、意志の強いあの真っ黒な瞳がトロンと溶け、涙で潤んでいる。「なに?」と舌足らずに問いかけて、門倉は自身の顔に添えられた梶の手に頬を摺り寄せた。
 梶の身体が固まる。まさかとは思ったが、あの門倉が、快感で馬鹿になっていた。

「子どもじゃって。はは。ええね。可愛いもんね。もらえるんなら、欲しいわ。ちっこい梶、大事にするよ。ね、ゴム、もうやめよっか」

 固まっている梶をよそに、生身で挿入を始めた門倉は腰を進めながら気持ちよさそうに喉を鳴らした。大型のネコ科のような図体で、ン、ン、と喉の奥で喘いでいる。初めて身体を繋げた時でさえここまで熱にうなされた様子でもなかったのに、耳まで赤くして行為に没頭する門倉の姿はヒート中の人間でなくとも発狂しそうなほど煽情的だった。
 体には強烈な快感が常に与えられているうえに、目の前では門倉があられもない姿を晒している。
 完全にキャパオーバーを迎えた梶の頭に、ふと、昼頃の門倉の台詞が蘇っていた。

『───……くだらん本能に振り回されない分、梶の言う通り、βが一番合理的で自由かもしれんね』

 β性の梶を慰めるための言葉だと思っていた。どんな綺麗事を言ったところでαの優位性は変わらないし、世界はαとΩの関係こそ究極の愛だと褒め称える。だからアレは、その場限りでついた優しい嘘だと思っていたのに。
 目の前の我を忘れた門倉を見ればわかる。
 あれは門倉の、α性を持つ人間の本音だったのだ。

「はっ、ひぅ! あく、っ……あ、赤ちゃん……もう作るんです……? は、はやくない……?」
「はや……? なに、分からん。ちっこい梶、はよ会いたいね」

 門倉が内側を押し上げる。ビリビリと電流のような快感が頭を走り、下半身全体が甘くしびれた。
 痺れの元になっていた左右のうち、左側を執拗に門倉の先端がぐりぐりと弄る。それだけで呼吸が出来なくなるほど気持ちが良いのに、門倉はダメ押しとばかりに外からもそこを押した。上下を挟まれ、逃げのない快感に梶はまた悶えた。

「気持ちいい? ワシも、ここに打ち込むんが一番気持ちいい。さっきから、梶の身体に入るたび、梶の中が言うんよ、ここに入ってくれって」

 門倉の手が梶の下腹部を撫でる。何かが入っているような優しい手つきに、自然と梶も門倉の手に自身の手を重ねていた。どちらのものか分からないが、掌越しにドクンドクンと脈打つ鼓動を感じる。埋め込まれた門倉の熱もあり、まるで本当に掌の下に生命が宿っているようだった。
 孕んだらこんな感じなのか、と梶の頭を妄想が巡る。あれだけαとΩの両親に苦しめられ、βは自由でいいとのたまっていたのに、ひどい心の入れ替わりようだ。
 梶は自虐的に笑ったが、それでも身体がうずいて、門倉を奥へ奥へと誘ってしまう。いま押し込まれている箇所があまりにも気持ち良い。ここに出されたら、と考えるだけで幸福感で頭が真っ白になってしまう。
 これは、もしかしたら本当に。

「ここに出したら、どんだけ幸せじゃろうね?」

 内心で思っていたところに、最後の一押しが門倉から投下された。
 茹だった頭には正直願ってもない申し出だ。梶は門倉の手を握り、無意識に中の筋肉をきゅうきゅうと収縮させて言う。

「……た、試してみないと、分かんない、です……!」

 我ながらとんでもないこと言ってんなァ、と梶は自分の浅ましさを恥じたが、門倉は満足げに微笑んで、くっきりと歯型が残る首筋にキスをした。
 犬歯が深く刺さって出来た窪みを舌で抉る。上がった梶の嬌声に気を良くして、梶の細い足首を掴むと、門倉は一気に自分側へと引き寄せた。

「ッ!? オ゛ッ……!? んぎ、ぃ゛、ガァ゛、……~~ッ♡!?」

 予告なくぶちゅんっ♡と音を立てて、門倉の先端が梶の奥の蓋をこじ開けた。
 押し寄せた衝撃に声も出なくなる。快楽への好奇心は一瞬で引っ込み、あとには軽々しくパンドラを箱を開けてしまった自分への恨み節しか梶の頭には浮かんでこなかった。
 
 陸に上がった魚のように跳ねる梶の身体をベッドに押し付け、門倉は容赦なく中を掘る。普段梶が好むポイントや前立腺を無視して、緩急も忘れた衝動的な律動は梶の奥の部屋だけを苛め抜いた。翻弄される梶に同じく、責める門倉も一突きごとに快感に溺れていくようだった。緩やかな微笑を浮かべていた顔は締め付けられるたびに表情が崩れ、血走った目で歯ぎしりをしながら腰を振る門倉の表情は、それなりの付き合いである梶でさえ初めて見るほどに余裕が無い。

「んぎ、ッ! ひっ、あ゛、おにピストンッ♡はげしッ、ぁ゛……待っ……あ゛っ♡オ゛ぁっぉ゛ッ♡」
「待つん、むりっ……ワシも、も、トびそ……!!」

 余裕のない門倉の言葉が聞こえ、その焦りをぶつけるように腰を押し付けられる。肉と肉が激しくぶつかり合い、セックスなのか殴り合いなのか分からないほどに大きな音がした。
 結合部はどちらの体液かも分からないもので溢れ、中でかき混ぜられた体液が泡立って梶の尻から垂れ流されている。動くたびに弛むシーツは、二人の体液を吸い込みきれず水分が上に浮いていた。

「ギ゛ィ……ッン……っ! はァ゛ーッ……ひっ……! ひ、ぃ゛ッ♡ア゛っ♡♡オ゛っ、ン゛んっ! ひっ♡ンぎッ♡♡ぁえ゛っ♡がァツ……! あァ、ぅ゛ウ゛ッ!! ♡♡♡」

 言葉にもならない音の羅列がダダ漏れる。中の快感が強烈で、門倉に時々性器を扱かれても梶は反応が出来なくなっていた。気持ち良くはあるが、腸内に感覚が集まりすぎてそれどころではない。反応が変わらないと知って、門倉は梶の性器に手を伸ばすのをやめた。腰を両手でしっかりと掴み、中を抉るためだけに身体を揺さぶる。勃起もしなくなった梶の性器は飾りのようにぶら下がるのみで、門倉の都合で上下にふるふると動いていた。

 男としての役割を放棄した梶の性器が、まるで自分のためにメスになったと訴えかけているようで門倉を興奮させる。頭の中でブツンとまた音が鳴った。興奮しすぎて、血管がもう何本か切れている気がする。回転の速い頭でこの社会を切り抜けてきた自負のある門倉は、ふと、この行為に溺れた自分の末路を考えた。これほど頭が馬鹿になること繰り返してたら、立会も満足に出来ない人間になるのではないか。一抹の不安がよぎるが、眼下の梶の痴態を見ているとどうでも良くなってくる。頭がおかしくなっても、梶とのセックスしか考えられなくなっても、それはそれで幸せなのかもしれないと思えてくる。既にその結論が手遅れな気がするが、とはいえ頭でいくら考えたところで、下半身に別の脳でも付いているのかというくらい門倉の腰は止まらなかった。

 門倉の性器がこれ以上なく膨らんでいた。カウパーがだらだらと溢れ、梶の体内を濡らしていく。肉のなかで抜き差しするだけでこれほど気持ちが良いのに、達して、この熟れた肉の中に自分の種を染み込ませたらどれだけ幸せなのか。考えるだけでイきそうになる。興奮で門倉の睾丸がぶるりと震えた。

「ゔぁ、~……♡ ぁ、ゥ……♡ガぅ、ァア……♡」
「ッ、かじ、出すよ、ぜんぶ、飲んでっ……!」
「ひっ……!! はぁ゛ーッ……ヤぁ、らめ゛、ァ゛……っあっ……♡ん、ん゛ゥう゛っ♡う゛ぅ……っ♡お゛ッ! ひっ……ほ、ぉ゛……んッ、あっ、あ゛ンっ♡♡アッ……オ゛ッ、が、ア゛ッ♡♡」
「もうちょ、……ん、もうちょいじゃけ、頑張って」
「ヒぎゃッ……!!」

 柔い言葉に反して、パァン! と小気味いい音がしたかと思うと、梶の尻たぶに疼痛が広がった。力加減を忘れた門倉の平手は蕩けた梶を引き戻すほどの衝撃で、反射的に梶の中が締まる。

「ッひ、にゃに、ンァ! ♡あ゛ッ♡おひ、おひりっ♡♡!? ンぎっ! ♡たたかにゃっ……ァ゛ッ♡お、オ˝♡」
「ちゃんと締めな……っ、流れたら、孕めんよ? ね?」
「んぁ゛、は、ひ、~~ッ♡い゛、ゃ゛、は、ハィ゛イ……!!」

 連続して打たれ、訳も分からないまま穴を締める。締め付けが強くなったのを見計らって門倉が中を掻き回すが、腸内の快感にすぐ負ける梶は間もなく体が弛緩し溶けていく。そして少しでも締め付けが緩くなるとまた門倉の平手が飛ぶ。中に打ち込まれる刺激と外の皮膚をしたたかに打たれる刺激で、梶の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れていった。

「んンン……っ゛! あっ……ア゛ぅ……ッ……っ! あ゛ッ、♡んオオ゛オォッ! ♡」

 腹の中で門倉の性器が痙攣している。爆発寸前の門倉を梶の肉が包み、精が吐き出されるのを待ちわびていた。
 ハッハッ、と門倉の呼吸も荒くなってきた。最後に思い切り梶の尻を叩くと、自身を最奥まで推しこみ、門倉は締め付けられるまま射精しする。

「ふ、ぅ……ッ!!」
「んん゛ッ♡♡んギッ♡♡ぃぐッ♡♡♡ァ、イッぢゃぁ゛♡♡は、あぁ、♡♡~~~~~~~ッ♡♡」

 最奥に精を叩きつけられ、梶も絶頂する。三回目とは思えない長い射精を終えた門倉はすぐには抜かず、ビクビクと余韻に震える自身を梶の中に埋めたままにしていた。
 伸縮する肉を楽しみ、腸内にまんべんなく精液を振りかける。腰を持ち上げて軽く揺らし、隅々にまで種が染み込むようにと念入りに中を擦った。中で動くたび梶が小さく喘ぐので、放っておくとまた勃起しそうになる。今まで理性は働く方だと思っていたが、未だ芯を持ち続ける自身の性器に、門倉は内心困惑していた。

 目の前には体液でぐちゃぐちゃになった梶の姿がある。ほとんど白目を剥き仕舞い損ねた舌がダラリと垂れている梶は、正直キメセクでもしたのかというくらい乱れに乱れている。
 これで四回目は流石にまずいかもしれない。未だにゆさゆさと梶の身体を揺らしている門倉は、焦点の合わない梶の顔を覗き込むと申し訳程度に涙をぬぐった。

「かじ、平気?」

 梶の身体をシーツにおろし、ゆっくりと埋まっていた自身を引き抜く。その度にビクビクと身体をのけ反らせて「んッ♡はっ♡オ゛っ♡」と喘ぎ声を垂れ流す梶に、半分まで抜いたところでつい門倉は動きを止めた。というより、物理的にそれ以上腰が引けない。ふと腰を見下ろすと、梶の足が門倉の腰に絡みつき、ぐいぐいと梶の方へと引き寄せていた。驚いて梶を見る。相変わらず焦点の合わない顔で、梶は自分で勝手に中を伸縮させては快感に震えていた。

「……これ、無意識にやっとるんか。厄介な身体じゃのぅ」

 思わず門倉が感嘆の声を上げた。梶の意図があるのか無いのか、中の肉がヒクヒクと蠢いては門倉を誘っている。とろけた表情のまま足を絡ませている梶に、門倉の体がザワりと泡立った。厄介な身体は自分も同じか、と思い直す。腰を押し付け、散々責め抜かれた中をもっと苛めてもらおうと誘ってくる梶の身体も、散々蹂躙したにも関わらずまだ支配欲が湧き上がってくる自身の身体も、早くもお互いでないと到底満たされないだろうという確信があった。

「これは本当に、居らんようなったら狂うかもしれん」

 梶の身体を抱え直し、ロクでもない所で運命の番を痛感する自分に少し辟易する。くぷ、と逆流した精液が泡立ったところで、ようやく梶が「かどくらしゃん……?」と意識を戻した。

「気ぃ付いた?」
「ん……え、待て、かどくらさん、まさか……」
「最初に、もう子どもを作るのかって、梶聞いたね」

 姿勢を立て直した門倉を見て、梶の顏からサァと血の気が引いていく。待って! もう止めるんじゃないんですか!? と慌てる梶は、まさか自身の意識が曖昧な間、門倉に自ら絡みついて行為を強請っていたとは思わないだろう。「いやぁワシも最初はもう良いかとか思っとったんじゃけど」と口では返す門倉だったが、気付けば梶の身体に指を這わせ、ゆるゆると愛撫をしている自身を見るに、結果は同じだったかもしれない。

「人間の受精率って普通三〇%前後らしいわ。バース性の相性で確率の変動はあっても、構造上は受精率が一〇〇%になるなんてまず有り得ん。出来とったら、そりゃ嬉しいけどね」

 子供の誕生は奇跡だが、そもそも子供が出来るかどうかは運に近いものがある。いくらαとΩとはいえ、いくら番になったとはいえ。子が天からの授かりものであることに変わりはなかった。子供が出来る行為と、子供を作った行為が必ずしも一致するとは限らないのだ。

「……え? あ、そ、そんなもんなんです?」

 梶が反射的に言った。キョトンとして、少しだけ眉尻が下がる。

「そんなもんなんですね。じゃぁ確率を上げるためには、どうしたらいいんですか?」

 なんか薬とか飲むんです? と、未だ覚醒しきっていない梶が迂闊な返答を重ねる。まるで確立を上げてほしいかのような口ぶりだと口元を緩めた門倉は、「それも良いかもね」と梶の下腹部を撫でた。

 強烈にこの薄っぺらい男の腹に種を根付かせたい。しかしまぁ、とはいえ行為を中断して婦人科に駆け込むわけにもいかなかった。門倉は欲しいものに対して確実性を取るタイプだが、ムードを守ることにも同様に理解がある。そんな無粋なことはしたくない。それに門倉は一つ、薬だのなんだの、医療行為を必要としない絶対的な方法だって知っているのだ。

「ガキなんぞ猿の時代から自力で作ってきたんじゃ。道具もなんも要らんよ」

 独り言のように呟いて、門倉が腰を進めた。突然動かれて、梶がぎゃぅ、と高い声を上げる。赤ん坊が鳴いたら、きっとこんな声だろうか。ずんずんと奥に進んでいく門倉は、早速自身に縋りついてきた梶に、応えるように、深くキスをした。
 
 
「こんなもん数打ちゃ当たるわ」