ここに入りたいんですけど、と腹を指差す弥鱈に、梶は何の話だろうと首をひねった。梶のヘソの下くらいだろうか、弥鱈の細長い指がトントンと外側からノックしている。普段からその指に翻弄されている梶は、下腹部に響く僅かな振動だけでん、ん、と甘い声を上げた。
「ここっていうのは、……えぇと、お腹? 弥鱈さん、僕に母性感じてるんですか? え、こ、心の闇……?」
「だーれが産み直してくれなんて言ってますか。私と母との関係はそれなりに良好です。それに母親候補と自分がセックスしてるって頭がおかしいでしょう。マザーファッカーじゃないですか」
「そ、そうですよね……」
「私が言ってるのは、ここまで受け入れてほしいということです、私自身を」
言って、弥鱈が身に着けていた下着をずり降ろした。ブルン、と音を立てそうな勢いで弥鱈の性器が露出する。太さは一般的なそれだが、弥鱈の性器は通常よりはるかに長かった。梶がゴクリと喉を鳴らす。指と同じくすらりと長い弥鱈の性器が、けれど自分の中に打ち込まれると荒々しく自分を暴くことを梶は知っている。
「今までは怖がらせるかと思って言ってなかったんですけど、私、入ってなかったんですよ」
「どこに?」
「梶様のナカに」
「はえ?」
梶が素っ頓狂な声を上げた。嘘だぁ、と顔に書いてある。
ナカに入ってなかった? じゃぁ今まで梶を割り入り、翻弄し、狂わせていたのは何だったのか。体温が低い弥鱈の、そこだけは火傷をするように熱い箇所を押し付けられて穴をみちみちと拡げられる経験を梶は既に複数回経験済みだ。弥鱈は案外マメな性格で、前戯を怠るようなことは何度回数を重ねてもなかった。だから梶は痛みをそれほど感じることなく、押し入ってくる熱に少々の圧迫感を感じながらも弥鱈から口付けを受けている間にいつの間にやら挿入を終えているのだが、流石に痛くないからと言ってあの感覚を幻だと思うには無理がある。
それに、どくどくと脈打つ肉を感じながら呼吸を整えている間、弥鱈は頭を撫でたりキスを贈ってきたりもするのだが。あれだって、あんなに幸せになって、あんなに愛情が注ぎ込まれてくる行為なのに、入ってなかったなんてことがあるのか。
好きだの名前を呼んでくださいだの、普段の弥鱈からは想像出来ない語群に梶はいつもどぎまぎしている。実は甘い男なのだ。顔に似合わなくてすいませんねぇ、と弥鱈本人は自虐混じりに言うが、自分を抱く人間にあんな風に慈しまれてハマらない人間なんて居ないよ、と梶は思う。動いてからも気持ちが良いけれど、繋がった瞬間の多幸感は言葉にすることも勿体ない。そう思わせるだけ弥鱈は挿入が上手いわけで、つまり、入ってないなんてことは、そんなまさか。
「少し語弊がありますね。正しくは全部入ってなかった、です」
百面相する梶を見ていると『百聞は一見に如かず』という言葉が弥鱈の頭に浮かぶ。「実際にお見せしましょうか」と梶に覆いかぶさり、弥鱈は既に十分に濡れぼそった梶のアナルに自身を当てた。梶が期待するように唇を噛みしめる。ご希望にお答えして、すぐに腰を進めた。
「ンああ……!!」
梶の喉が仰け反る。弥鱈は突き出た喉仏を舐め、そのまま舌先をツツ、と上になぞった。梶の唇までたどり着くとそのまま噛み付く。舌を絡め、梶の身体がくたんと脱力した頃合で更に腰を押しこんだ。
「大丈夫ですか?」
「ん、はい……」
「力の逃がし方が上手くなりましたねぇ。器用でとても偉いです」
毎回何かしら理由を付けて弥鱈は梶を褒めようとする。嬉しいが、そのたび脳が蕩けていくようで梶は少し不安になった。
「え、えへ……あ、あの。弥鱈さん。今これって、入ってますよね。その、弥鱈さんのが……」
「えぇはい、入ってます。私の性器が貴方のアナルに」
あえて濁らせた箇所を明言される。なんで言うんですか、と梶が口を尖らせると、しらっとした表情の弥鱈は「その顔が見たかったんですよ」と応対した。
「あの、今入ってるこの感覚、今で十分中がいっぱいなんですけど。ぜ、全部入ってないんですか? だってこんなに、今も僕のナカ……」
「あぁもう全然です。梶様、一度深呼吸なさってください。ゆっくり体を起こしますから、ご自分の目で確認してください。怖ければ私の手を握ると良いですよ」
「ん? 僕今からホラーでも見せられるんですか?」
「ジャンル的には動物ドキュメンタリーだと思いますけど、まぁ、場合によっては似たようなものかと」
ホラーと似たような動物ドキュメンタリー!?
穏やかではない弥鱈の表現に梶が身構える。言われるままに深呼吸を繰り返し、呼吸が整ったところで弥鱈の手が梶とシーツの間に差し込まれた。恭しい手つきで梶を起こし、不安定な体勢の梶を支えてやる。
ありがとうございます、と律儀に礼を言った梶は、視線を下に落とし、絶叫した。
「先っぽじゃん!!」
「先っぽです」
「先っぽしか入ってませんけど!?」
「だから全然入ってないって言ったじゃないですか。ほぼ野晒しですよ何時も私の性器は。いやあの、ちょっと一回褒めていただけません? わりと今まで耐えてたほうだと思うんで」
「弥鱈さん偉い!!」
「あぁどうも~。ローションがかっぴかぴに乾いてたあの日の性器も浮かばれますぅ」
弥鱈は冗談めかして言うが梶の眼下に広がる現実は全然ちっとも冗談じゃない。先ほどの表現が一番ふさわしい、ホラーと似たような動物ドキュメンタリーがそこには在った。
亀頭からほんの数センチが埋め込まれたのみの男性器が梶と弥鱈の隙間で未だ生々しく存在している。色素が薄いためグロテスクさはないものの、表面には血管が浮き上がり、視線をずらせばしっかりと茂った下生えの黒が梶の視界に飛び込んだ。
性器自体はフェラチオの際に目にする機会もあるが、途中まで埋まっている性器を見るのは今回が初めてだ。梶の感想としては先端の丸みが無いと一気に「棒」という印象が強くなるなぁ、といった感じである。肉棒なんて言葉が生まれるのも納得。あと、エロ漫画でよく見る『貫かれる』という表現。あれは言い得て妙だ。たしかに棒を体の中に押し込まれ、梶はいま弥鱈に貫かれている。
目の前の生々しさを十分確認したあと、次に梶は下腹部へ意識を戻し、体内の弥鱈の様子を探った。腹の中にみっちりといつものように弥鱈を感じ、安堵と同時に妙な焦りを感じる。
弥鱈で満たされた腹が梶は好きだった。熱を分け合ったことで境界線が解け、弥鱈と自分が体内で一つの存在になっていくような気がする。前立腺に当たるように弥鱈は挿入するので、ただ挿れているだけでも下腹部がきゅう、と切なくなることも気持ちが良かった。
別に普段より挿入が浅いなんてこともない。これが何時もの弥鱈の挿入だし、梶がすべて受け入れていると錯覚していたセックスの正体もまさしくコレである。えっ、コレ!? と何度目かの衝撃を梶は頭に受けるが、コレである。何度見たって弥鱈の性器は中途半端に外に晒されて寂しそうだった。
「過敏な部位は全て入っていますし、実際には普通のセックスで使う分の質量は受け止めていただいてたと思うんですがねぇ。私のモノがいささか普通より長いので、どうにも物足りないというか、もっと貴方を感じたくて」
はたしてコレは『いささか』の範疇だろうか。梶はおそるおそる自分に突き刺さっている楔に手を伸ばし、外気に晒された部分を撫でた。熱い、が、まとわりついているローションは既に乾き始めている。挿入中よほどおざなりにされる箇所なのか、梶が少し撫でただけで性器はビクリと反応し、更に質量を増すので弥鱈が気まずそうな顔をした。
「……こんなに入って無かったら気持ち良くなかったでしょ。なんで言ってくれなかったんですか」
「気持ちはよかったですよ。射精も出来ていましたし」
「途中で腰を止めるの大変そう」
「えぇ、まぁ。過去何度かトびそうになりましたけど、貴方が幸せそうにしているから。とろとろとして可愛いのに、いきなり突っ込まれて現実に引き戻されたら可哀相じゃないですか」
「ぅ、……」
梶の中が無意識に締まった。自分の欲より梶の快感を優先したという、弥鱈の当たり前に梶を慈しんだ言葉が脳をくすぐる。
あれだけキスをして、あれだけ甘い言葉を囁いて。おくびにも態度に出さなかった弥鱈が、いきなり「ここに入りたい」と頼んできたのは、つまりそういうことだろう。
「限界ですか」
「限界です」
ぶるりと弥鱈が身震いした。埋め込まれたままの性器は動かさず、けれど息が少し荒くなっている。餌を前にお預けをくらっている犬のように、弥鱈はギラギラと目を輝かせて梶を見下ろした。
「良くないと、情けないと思ってはいるんですけどねぇ。ダメです。貴方のナカがたまらないことを、もう私は知ってしまっている。入りたい。梶様の身体のもっと深くを自らの手で暴いてしまいたい。私を打ち込んで、幸せそうに微笑んでいた可愛い貴方が、ぐずぐずに崩れていく様を見たいのです」
弥鱈の言葉から遠慮が剥がれ落ちていた。もっと深く、と表現した場所を、弥鱈はわざわざ「S字結腸というそうですよ」と梶に教える。腸がカーブを描いている部分を指す用語らしく、挿入にはどれだけ慣らしても痛みを伴うとのことだった。
本来指も性器も届かないはずの場所は、到達の感覚が受け入れる側に強い恐怖を生む。内臓を貫かれる痛み、体内深くまで異物が侵入することへの本能的な拒否感。それら全てに耐えて体の髄まで躾けられると、最後に残るのは途方もなく暴力的な快感だそうだ。
「よろしいでしょうか梶様。どれだけ貴方がアレになっても、まぁあの……責任取りますんで」
「アレとは」
「大切な梶様の前ではとても言えません」
「最悪大切な梶様の身に今後降りかかることなんですが」
弥鱈が唾液でシャボン玉をつくる。興奮で唾液量が増えたのか、重くなったシャボン玉は浮かばずに梶の腹に落ちた。
今から弥鱈にされることは、梶にとって痛く怖いことらしい。暴の印象からあまりに遠くなってしまった人だから、弥鱈が与えてくる暴力というのが、今更梶にはピンとこなかった。それよりも梶は後に続くという快感のほうがよほど予想を立てられる。正確には激しい快感を弥鱈が自分に与えてくることと、弥鱈から与えられる快楽を享受して身も蓋もなく善がる自分を、だが。
「ちなみになんですけど、僕が痛くて泣き叫んだら、弥鱈さんはどうしますか」
梶は一つだけ尋ねてみる。拒否の気持ちがないことを示すように、足を更に広げ、手はシーツをしっかりと握りしめた。
「禅問答ですか?」
「いや、普通にどうするのか気になっただけです」
「そうですねぇ。可哀相だなぁと思うとは思います。あとは興奮して、愛しますかねぇ」
またシャボン玉が胸に落ちる。
弥鱈さんらしいですねと笑った梶を、「この回答を笑って流せる貴方って相当ですよ」と弥鱈の呆れた声が包んだ。