人に跨ることは、多分行儀が良くない。
さらにその相手が自分よりもだいぶ年上で、情報収集のノウハウや裏社会の渡り方なんかを事細かに教えてくれた恩師っぽい人だとしたら尚更だ。跨る行為は『行儀が良くない』なんていう表現では生温くて、一連の動作は『無礼』とか『恩知らず』と非難されるものになるんだろうと思う。
僕だって好き好んで無礼者になりたいわけじゃない。最初こそ出会いは最悪だったけれど、何度も顔を合わせる内にはじめましての最悪さを補うくらい良くしてもらってきた。恩だって随分感じてる。貘さんに対する感覚ほどじゃないけど、今はこの人に認めてもらえるような人間になりたくもある。今はこの人が好きだ。人として、尊敬している。
だけど。
僕はその、この人のことがそういった意味でも好きなので。だいぶ高望みというか釣り合ってない気がしないでもないけど好きなので。だから、頑張りたいのだ。行儀の悪いことも、好き好んでしたいことじゃないことも、ごめんなさいって心の中で謝りながらする。してみせている。
だって僕の好きな人は、どうやらこうされることが好きなのだ。
「…………」
フロイドの上に跨って、さぁどうしたものかと思案に暮れる。
今は持ち上げている腰を、彼の身体に乗せることは適切だろうか。僕の体重は平均より少し軽いくらいだけど、それでも成人した男だし、全体重で伸し掛かれば、いくら柔らかいベッドの上だろうと圧迫感を与えてしまうはずだ。
手は、足は、どこに置いたら喜ばれるのか。見下ろす時の表情は愛想よくニッコリするべきか、それとも人を食ったような生意気なガキですって顔を向けるべきか。分からない。解決しようにも僕の中にこういった経験が無さすぎて、解決を導けるだけのプロセスがそもそも存在していなかった。
「……ねぇ、いつまでボーっとしてるの? フロイドの好きにさせてあげるから、早くしなよ」
と、いうわけで。
分からなかったので、僕はフロイドに全部任せることにする。
「───俺の好きに?」
上に乗っかられたフ口イドは目をパチクリさせて、僕の顔と僕のヘソ辺りを交互に見ている。
あれ、なんか思ってた反応と違う。てっきりフロイドはニヤっと笑って、ハリウッド映画のマフィアみたいに『悪い子だ』とか何とか言って僕の腹や尻を揉むもんだと思ってたんだけど。
僕を見上げるフロイドは少し困惑した様子だった。眉を寄せて、何やら考え事をしている。
あれ、もしかして僕の発言に引っかかる所があったのかな。どこだろう。早くしなよって急かしたところ? いいや、フロイドはそんなことで怒るような人じゃない。じゃぁ何だ。そうか、前半だ。かのフロイド・リーを捕まえて「ボーっとしてる」なんて言ったから、きっとフロイドは『はて? ボーっとしてる? それはどんな状況だ?』とフリーズしてしまったに違いない。そりゃそうだ。常に頭の中を情報と陰謀が渦巻いているようなフロイドが、ボーっとしてる時なんてあるわけ無いし、この人を見てボーっとしてるなんて思う人はまずいない。仮に居たとしたって、口に出す人間はきっと皆無だ。だってこの人は世界に悪名轟く大悪党で、実像はどうあれ、世界のありとあらゆるところで恐れられている。みんな命は惜しいんだからそんな軽口叩くはずがないのだ。
「あ……や、ぼ、ボーっとしてるってのは、アンタが動かなかったから別のこと考えてるのかなって思っただけで……」
色々頭の中でぐるぐる考えた挙句、そんな訳で僕は、慌てて取り繕うようなことをフロイドに言った。
我ながらダサいなぁと思う。ただ、望まれるなら無礼者にはなっても良いんだけど、本気で嫌な気持ちにさせたり「そんな礼儀も知らねぇガキは出ていけ」と他でもないフロイドに言われたら立ち直れないのだ。
フロイドの気分を害することだけは避けたい。既にちょっとでも不愉快に思う場面があったなら謝罪したいくらいだ。チャンスを貰えるなら、僕はベッドから降りてジャパニーズらしく土下座をしたって良い。ねぇフロイドさん、いま僕のこと可愛くねぇガキだなって思いましたか? だったら発言撤回して謝っても良いですか? 少し前にね、日本で流行ったドラマでも言ってたんですよ。“逃げるは恥だが役に立つ”。フロイドの体の上から逃げて、「ごめんなさいやっぱりフロイドさんの好きにしてください」ってベッドにゴロンとすることも僕はやぶさかじゃありません。それで僕の体なり何なりがフロイドの役に立つなら本望だ。どうですか。抱き締めてくれるんなら僕はそれで良いんですけど。どうですか。……あ、ちょっと待って。一つ訂正。抱き締めてもらえたらそれだけで十分はちょっと嘘。その後はキスもしてほしい。それとえっちするときはフロイドの顔を見たいかも。
体の上でどうしよーってなってる僕を見上げて、フロイドは跳ねのけていた布団を手繰り寄せ、自分の顔を覆った。真っ白なシーツから少し日焼けしたフロイドの喉元だけがチラ見えしている。尖った喉仏が格好いい。なんか随所随所のパーツがエロいんだよな、この人。
布団に隠れた向こうで、くつくつフロイドが笑う声が聞こえる。
「……不安にさせちまったか。そりゃ悪かったな」
布団から顔を出したフ口イドが、もぞ、と小さく身じろぎしてからオーバー気味に「困ったなァ」と嘆いて見せた。あっ、と気付く。腰のところに僕が乗っかかっているせいで、フロイドは体も起こせないし、ベルトを引く抜くことも出来ないでいた。
「あ……ど、退いた方が良い?」
「退かなくてもいいが、こっち倒れ込んできてくれよ。顔が遠くてもどかしい」
フ口イドが顎でしゃくる。言われた通りフロイドの方へと倒れると、上出来、とばかりに額にキスされた。ちゅっちゅってそれほど広くない額の至るところに唇が当たる。思ったよりデコって感覚しっかり通ってるんだな、と触れられるたびくすぐったい気持ちになった。
「好きにさせてくれるって言われてもなぁ。いきなりじゃ俺もどうしたら良いか」
フロイドが冗談だか本気だか分からない表情をする。デコに唇が触れない部分が一箇所あって、不満に思って頭を動かしたら「いや、そこニキビあんだよお前」と苦笑された。
ニキビ。青春の名残。あれ、二〇歳越えたらニキビじゃなくて吹き出物って呼ぶんだっけ。まぁ一緒だ。フ口イドにとっては僕に出来た吹き出物なんてきっとまだまだニキビのカウントでしかない。若者の象徴。ガキの証。ニキビ。
「デコばっか止めてよ。ガキじゃないんだから」
「ガキだろお前は」
「違う。フ口イドがってこと。もうそんな若くないでしょ。オッサンでしょ」
言ってからちょっと後悔した。オッサンは無かったかもしれない。僕みたいな若造じゃないのは確かだけど、フ口イドは体も鍛えてるし流行に敏感だしなんかいい匂いするし、世のオッサンと呼ばれ煙たがられる人たちとは少々毛色が違う。
「失礼なやつだ」
あまり言われ慣れてないだろうに、フロイドは気にしてませんって顔で流してくれた。
「失礼な口は塞いでやろうな」
「おっさんくさ」
「ぶん殴るぞお前」
そう言ったわりにはフロイドの手は僕をぶん殴らずに髪の毛を優しく梳いてくれる。耳を触られるとくすぐったくて、思わず笑っちゃったら、今度こそ口を塞がれた。
今日の部屋は僕がどこにするか決めて、フロイドのカードで決済を済ませた。のっけから滅茶苦茶格好悪かったけど、僕の持ってきたカードは決済に対応していないと言われてしまったから仕方ない。
何で国際指名手配犯にカードが使えて、正規のルートで入国した僕は使えないんだろう。フロイドは「経験の差だ」と軽く言うけど、そういう余裕の差が、格好良いなぁと思うし、ちょっと苦しかった。
部屋は自分の金で賄うつもりだったから随分とグレードの高い一室を選んでしまっていた。ベッドルームは二つあって、トイレやシャワーにいたっては三つもある。
「二つ以上あると個々で使えて良いな」
「ベッドが?」
「オイいい年した男が泣いてやろうか? バスルームだよ」
一つしかねぇとお前変に気ぃ遣うだろ、とフロイドはソファに投げ捨ててあった僕の荷物に視線を移した。日本でせっせと荷造りして、これ入管で引っかかったらどうしようかなぁと不安になっていたローションだの何だのが入った袋の存在を思い出し、僕はそのまま何も言えなくなってしまう。
僕はいそいそと自分に割り当てられたトイレとシャワーに入り、持参した衛生用品とか腹の中を洗浄する道具とか、全部手の届く範囲にセッティングして顔を真っ赤にしてメインルームに戻る。共有の場に洗浄器具が置きっぱなしは恥ずかしいし、かといって都度持ち込むのも手間だ。全部がすぐ使える状態にあって、『あっしたい』そう思ったらすぐ駆け込んで用意が出来るのはたしかに便利だった。実際今しがた、ほんの一〇分ほど前に、そういう気持ちになってトイレに入った僕なので気遣いの恩恵は既に受け取っている。たしかにそうなんだけど、明言するとなんかこう、恥ずかしかったし、いたたまれなかった。
「ん」
角度を変えてフロイドがまた僕の口を塞ぐ。深いキスはもうちょっとおあずけみたいだった。ピッタリ閉じた口の中に涎が溜まっていって、いま舌を入れられたら、フロイドは湯船の中で口を開けたと思うかもしれない。
手が僕の背中を撫でる。背骨を伝うようにつつ、と指でなぞられると、神経を舐められてるみたいに感じた。ビリビリと刺激が背骨から肋骨を通って心臓さえ震わせる。ドキドキする。何度か背中を往復した手が、今度は腰の骨をトントンとタップした。
「んン……」
せり上がってきた声が鼻を抜ける。別に痛くもないのに、トントン、と指先が当たるたび体の奥まで振動が響いた。なんだろうこの、じゅわっとする気持ち良さ。マッサージを受けてる時みたいな心地よさがあるのに、身体の奥に火がついて、こうなるとなかなか消えてくれないのだ。
どうやら骨って性感帯らしい。皮膚の薄い部分は触られるとすぐ訳が分からなくなるけど、ここは思考が溶けきらないまま、内側から体が開いていく感覚があった。まるでフロイドに暴かれることを願う陰謀のように、僕の身体はゆっくり、ゆっくり、フロイドに暴かれようと骨の鎧を脱いでいく。
(あ、やばい勃つ。ていうか勃った)
僕とフロイドの体に挟まれて、スラックスの中で僕のものが膨らんでいく。少し腰を浮かせてみたけど、まぁバレてるんだろう、気を良くしたフロイドが舌を刺し込んできた。
僕の口の中がでろでろしてたらごめんなさい。そう思いながら入ってきた舌を出迎える。生暖かい口の中で舌同士が絡まり合った。
「んむ……ん、……」
舌の裏側まで丁寧に撫でられて、歯をなぞった舌がそのまま上顎をくすぐる。どちらのものか分からない唾液を飲むと頭がボウッとした。真似をしてみるけど、フロイドみたいに僕の舌は上手く動かない。そうこうしている内にまた絡めとられてねっとり触られて、気持ちが良くなっていった。パンツがどんどん窮屈になる。
「ぷぁっ……」
「少し体浮かせてくれ」
「ん……こう?」
肘をぐっと伸ばす。腰に添えられていた手と、僕の頭を撫でていた手がするする服の中に入ってきた。分厚い男の人の手が、膨らんでも柔らかくもない胸をゆるゆると揉む。胸筋を包み込むように揉みしだかれて、自分の目がトロンとしてきてるんだろうなって滲んだ視界でぼんやりと悟った。
胸の先をつつかれて、身体を捩ったら今度はきゅって摘ままれる。首を振って耐えようとしても無理で、膨らんできた先っぽを今度はくりくり捏ねられたりカリカリ引っ掻かれた。きもちい。特にカリカリされんのがヤバい。僕の乳首いつの間にそんな敏感になってたのって驚きながら、指で皮膚を引っ張られて、ピンと張った肌は爪先で優しく弾かれた。
「ぅっ、あ、あう、あうぅ……!」
体重を腕二本で支えているもんだから、手を使って防ぐことも出来ない。みっともない声を上げて、口の端から飲み込めなかった涎をダラダラ垂らしながら、僕はフロイドに胸を突き出して好きなように弄られ続けた。
ちょっとフロイドからエスっぽい感じがしてんのも興奮する。フロイドはえっちの時もめちゃくちゃ優しくて、あんまり無理やりされることってないから、何だかこういう触られ方は新鮮だ。ゾクゾクする。癖になりそう。
「かりかりしないでっ……ひゃん、ん、やぁ……」
「お前みたいな反応、日本語でなんて言うんだった? オクユカシイ?」
「分かんなっ……! ぁ、あッあっ……! んんっ……」
気持ち良すぎて体がいうことを効かない。腕がガクガクしてきて、気付いたら腰が揺れていた。
はふはふ息継ぎをしていると下半身が急に楽になる。いつの間にかベルトを引き抜かれて、前の部分を寛げられていた。パンツ、濡れてそう。触ったらぐっしょりしてるかも。恥ずかしい。フロイドに乳首だけでへろへろになってるのがバレてしまう。
「あ、ぅ……し、したも触るの……?」
「怖いか?」
「ん、んっ、……さ、さっさとっ……ッ、触りなよ……!」
「素直じゃねぇなぁ」
フロイドが苦笑いを浮かべてる。なんだよ。素直に触ってくださいってお願いするより、意地張って強がってる僕のほうがアンタだって好みなくせに。
フロイドの手が僕のちんこをパンツの上から扱く。フロイドが触った瞬間、下半身から「ぐじゅ」ってタオルを絞った時みたいな音がした。濡れてるどころじゃない。もう我慢汁でちんこもパンツもびっちゃびちゃだった。
「おー。若いな」
感心するように言われて死にたくなった。
どうせガキで経験浅いですよ。キスされて乳首カリカリされただけで発射しそうになってますよ。
そう言ってやりたいけど、口を開くとみっともない喘ぎ声しか出てこない。フロイドがパンツのゴムをくいって引っ張って、中でぶるぶる震えてる僕のちんこを楽しそうに観察した。手が中に入ってくる。期待で喉が鳴った。
「ッ、ァ! やっぁ、んっ、ん、やぅ、……ぅ、ッ、っん……はぁあっ……んく、ぅっ……!」
ちんこの形をなぞられて、先の所をくちゅくちゅって触られる。カリの淵をなぞられるともうダメだった。腰が浮いて、フロイドの手に勝手にちんこをこすり付けてしまう。
「……ッ、んっんっ、うぅっ……っ! あぅ、アふっ……やっう、っんく、ァあっ、んはぁ……!」
声がひっきりなしに出る。フロイドは上機嫌に喉を鳴らして、自分の上でアンアン言ってる僕を見上げていた。
体勢的には上に乗っかってる僕の方が多分優位なのに、僕はロクにフロイドに触ることも出来ずに、ずっと一方的に気持ち良くなってされるがままだ。経験値とか余裕とか、全然違う。いやもう正直最初からこの人に勝てるなんて思ってないけど、フロイド的にはサービスもロクにしないで喘いでるだけの男ってどうなんだろう。ちゃんと需要あるのかな、僕。
「っ、ふっ……な、に……にやにやしてん、ですか……っ」
やられっぱなしもアレだし、苦し紛れにフロイドの鼻を摘まんでみる。骨がしっかりとした鼻は思ったより硬くて肉が薄くて、どこの国の人かは知らないけど、少なくともフロイドはやっぱり日本人じゃないんだなと思った。
「いや、お前は本当に可愛い奴だと思ってな」
鼻を摘ままれてもフロイドの声はすっきり澄んだな音を保っていた。外人の鼻はちょっと塞がれた程度じゃ鼻声になることなんて無いらしい。何だかズルい話だ。僕はこの人の前でいつも必死でみっともなくて格好悪いのに、この人は鼻を摘ままれても良い声で僕をからかうことが出来る。大悪党なのにカードも使えるし、身の程知らずな若造が自分にデカい態度を取ってきても『可愛い』と流せるほど元々の器もデカい。ズルい。僕はフロイドにがっかりされないように、自分を演じることで手一杯なのに。
「ッ、うっ、アぁ! あっ! ひぐっ、はぁ、っんっうぅ―――!!」
「お、イった」
先っぽばっかり散々こねくり回したあと、爆発しそうだった僕の竿を掴んでフロイが何回かささっと扱いた。それだけで僕の体には決定打で、間もなくぴゅぴゅって精液を吐き出した僕を、フロイドはゴルフで飛距離が思ったより出たときみたいな、ちょっとしたラッキーに出会ったって顔で見届ける。
精液は全部パンツの中だ。周りへの被害はないけど、僕の下半身はえらいことになっている。
「は……ふっ……」
「イくのが上手いなタカ坊。グッドボーイ」
「なに、それっ……僕、犬じゃないんですけど……!」
息つぎの合間に精一杯睨んでみる。芸したわけじゃねえんだぞって強い言葉を選び、イった余韻で力の入らない体を、僕は遠慮なくフロイドの上に着陸させた。下でフロイドが「ぐえっ」てわざとらしく声を上げる。いつの間にか外していたフロイドのベルトが、はずみでベッドから滑り落ちていった。
「重い」
「重くないっ」
「そうだな羽のようだ」
「そんなに軽くもないっ」
「さぁカジ、次の御望みは?」
フロイドはへとへとになってる僕を体の上に乗せたまま、そう言って、ランプの精みたいに得意げに笑ってみせた。。
※※※
以前に僕は、“生意気なところが良い”とフロイドに面と向かって言われたことがある。
『誰にでも好かれようとするお前が、俺には嫌われても良いって自由に振舞ってんのが可愛くて仕方ねぇ』
そういってフロイドが笑ったのは、僕がフロイド・リーという存在にすっかり慣れて、この人に好かれたいもっと一緒に居たいフロイド大好きって思い始めたちょうどその頃だった。
敵同士だったことに加えて地雷原にずかずかと踏み込んでくるフロイドがムカついたし怖かったから、初接触のとき僕は普段の自分から大分離れた人物像を演じ、それはそれはデカい態度でフロイドに対峙した。再会した時も同様だ。怨恨は無かったけどどう接することが正解か分からなくて、やっぱり失礼に当たらない程度に僕はフロイドに強がった。後に引けなかったって側面が大きい。出会いかたが出会いかただったから、手を組むようになっても今更尻尾を振って良いのか分からなかったのだ。
実力不足なガキに生意気な態度を取られたら、大物と称されるフロイドは怒り出すかもしれない。そんな懸念もあるにはあったけど、意外なことに普段のフロイドは朗らかで、なにより余裕のある人だった。年下のガキが少々の我儘を言っても動じることはない。どころか少し口元を緩めて、「少し生意気なくらいがタカ坊は可愛い」と言うだけだった。
記憶する限り、僕をタカ坊と呼んだ人間の中にタカ坊の我儘を好意的に受け止めてくれた人間なんて居ない。大人たちは物分かりの良いタカ坊を望んで、大人のために自分から車に突っ込んでいくタカ坊にこそ利用価値があったし、口座に保険会社からお金が振り込まれてようやくタカ坊には可愛さが芽生えていた。
反抗したり強く出ると可愛いと思われる。
これは僕の人生において初めての経験で、だからこそ有難く、同時に難しかった。
可愛いと思われるにはどうしたら良いか。色々考えたすえ、僕はまず「そこの水取って」とフロイドに言うコトから始めてみた。
フロイドと会って五回目くらいのことだったと思う。三歩歩けばすぐ手が届く場所にあったピッチャーを、フロイドがたまたま立っていたからという理由で要求した。フロイドは嫌な顔一つせずピッチャーを手に取り、「こぼすなよ」と恭しく両手で僕に手渡してくれた。
次に言ったのは「水ちょうだい」だ。会って六回目のとき。フロイド側にあったピッチャーを指差し、空になったグラスをわざとらしく振った。フロイドはソファから立って、やっぱり恭しく両手で水を注いでくれた。「氷要るか?」と聞かれて、頷いたら冷蔵庫まで取りに行ってくれた。ウイスキー用の透明な氷とさっぱりするからって一緒に入れてくれたレモンの輪切りを、僕は(スゲーもん貰ったな)と思いながら受け取ったし、これから先もずっと忘れられないんだと思う。
最後は「水買ってきて」だった。あれはいつだっけ、確か会って八回目。二人で発展途上国の宿に泊まったときだ。安宿には自販機なんてなくて、ホテルの向かいにある商店までわざわざ足を運ばなくちゃならなかった。これは流石にやりすぎか、とハラハラする僕に、フロイドは笑って「仕方ねぇなァ」と財布を手に取って立ち上がった。僕はビックリしたり嬉しくなったりして、でも最終的には居心地が悪くなり、「僕も行く」と結局フロイドの後を追った。僕が行く気になったことでフロイドには外に出る理由は無くなっていたのに、でもフロイドは商店まで僕と並んで歩き、値引き交渉で得た差額分で僕に飴を買ってくれた。外国っぽい色のめちゃくちゃ甘い飴は、それが直結してフロイドの甘さだった。
生意気と我儘の境界線が分からず、しばしば僕はこれは正解だろうかとフロイドの視線を盗み見る。可愛くないんなら可愛くないと言ってください。言わずにそっと見限らないでください。フロイドが好む『僕』から遠く離れた本心を後ろ手に隠して、おそるおそるで僕は彼の色素の薄い瞳を覗き込む。そのたびフロイドはすぐに僕の視線に気づいて、緩く笑うと「生意気で可愛い奴だ」と僕の頭を撫でてくれた。
※※※
準備の時にある程度自分で慣らしたつもりだったけど、フロイドは僕の穴に触った瞬間「舐めてんのかお前」と突っ込んだ。タピオカ用のストローしか入らねぇよ、という中途半端に流行に沿ったジョークを言われ、思わず吹き出したら「笑ってる場合か」と頭に軽いチョップを落とされる。
「交代だ交代。解し役解任!」
「僕のお尻なのに!?」
「企業だって創業者が辞めさせられるなんてよくある話だろ」
仕事を半ば無理やり奪われ、職にあぶれた僕は仕方ないのでフロイドの指に翻弄されることに専念する。ケツの穴を広げられながらずっとあうあう言っている僕は、ただただ気持ち良くて、こっちの仕事は結構天職なのかもな、なんてひどい下ネタを自分で思ったりもした。
「もう良いんじゃねえか」
指を引き抜かれた時、僕はフロイドの上で足をガクガクさせながら「へぁ?」と気の抜けた声を上げた。指で前立腺を挟まされ、小刻みに動かされてる時に話しかけられたのだ。正直解してる途中ってことも僕は忘れていて、なんでぶるぶる止めちゃうのもう少しでイけたのに、と未練がましい顔を向けてしまった。
「へあ? じゃねぇよ。後ろ。もう大分具合が良いようだが」
「え、あ、う、うん……あ、僕が入れるんだから、フロイドは見てるだけね」
「はいはい」
フロイドが両手を頭の後ろで組んだ。宙に視線を投げて、やれやれっていうフロイドお決まりの表情をする。呆れてるのだろうか。ちょっと焦りながらフロイドのかっちり閉じられたままでいるズボンのチャックを下ろした。一部だけ色が濃くなってるボクサーパンツをずらすと、ブルンッ! て音がしそうなほど勢いよくフロイドのチンコが出てきて「うおっ」と僕はつい声を上げてしまう。うわ、何だこれ、ガッチガチじゃん。この人こんなガッチガチに勃起してたのに、仕方ない奴だなァ、みたいな顔してたの?
反射的に口元がニヤついた。によによしながらフロイドの顔を見たら、全然慌ててない、普段通りなフロイドが居て逆にこっちがビックリする。羞恥心とか無いのかこの人。これじゃぁまるで、他人の勃ってるチンコ見て喜んでる僕が変態みたいじゃないか。
「触ってないのにこんなガチガチなんだ。ふ、ふぅん? フロイド、そんなに僕見て興奮したの?」
「そりゃするだろ。あんなあられもない姿目の前で見せられたらな」
「あ、あられもない……」
顔に熱が集まってくる。ここは僕がフロイドをちょっと馬鹿にしてマウントとる場面だと思ったのに、フロイドはあっさり自分の興奮を肯定して、仕返しとばかりにカウンターをくらわせてきた。くそう、この立場が逆で、もし僕がこんな風に勃起してたら絶対フロイドは気が済むまでオモチャにしてくるだろうに。僕にはフロイドで遊ぶ方法が分からない。悔しいけどやっぱりこれも圧倒的な経験の差だ。
「い、良いさそれでもっ。これからあられもないことになるのは、フロイド、アンタだよ」
「マジか。喘いじまうのか俺。世界が興奮しちまうな」
「何でそんな自信満々なんだよ」
とはいえ、やられっぱなしも悔しい。僕はフロイドのチンコを思い切って掴み、上下に数回擦ってから自分の下半身にピトリとくっ付けた。
何度も指が出し入れされてクパクパしている穴の入り口に、フロイドの先っぽが触れて、熱さにきゅう、と穴が締まる。熱い。丸みがあってつるつるしてて、穴の淵にちゅく、ちゅく、って付けたり離したりすると無性に気持ちが良かった。
あぁもうこれ、絶対キモチイイやつ。入れなくても分かる。いやまぁ、今までに何回も入れてて気持ち良さは実証済みだから入れなくてもっていうのは広告詐欺みたいなもんなんだけど。
「おい、おい。お前ゴムは?」
フロイドがベッド脇にあったコンドームを取ってヒラヒラ僕の目の前にかざしてくる。あ、そういえばそんなのあったな……着けなきゃ衛生的に良くないし、僕の腹も後々面倒だってことは分かってる。
着けるべきではあるけれど、ただ、困った。僕はコンドームを他人に着けたことがないし、そもそもここからどうやって自然にフロイドに装着してもらうのかが分からない。正直に言う? 『すいません、コンドームを自分がロクに着けたことないので存在を忘れていました。着けるのが下手なので自分で装着してください』って? いやいや、僕にだって男の沽券があるんだ。それにフロイドに見てるだけねって釘を刺しておいて、やっぱりコンドームは自分で着けてくださいなんて言えない。
頭の中で歴代のお気に入りAVを再生する。セクシー女優の人たちが、脳内で細い指やプルプルの唇を使って器用にゴムを装着していった。
セクシー女優の人たちがやるとめちゃくちゃエロい。けど、あんなの絶対難しい。僕がやったら絶対ゴムが歯にかかって、途中で破いてしまうのがオチな気がした。
「……そ、そんなのいらないでしょ?」
はい、そんな訳なので。
僕はフロイドの手からゴムを奪い取り、元あったベッド脇へとコンドームを戻した。フロイドは特に抵抗することなくコンドームのキャッチ&リリースを見送り、「まぁお前がそうしたいなら止めねぇが」と若干僕を訝しむような目で見る。
「ナマでヤんの久々だ」
「んんっ……なに、赤ん坊が出来るのが怖かったの?」
「個人情報の塊そう易々と他人の中に置いていけるか」
当たり前なことを聞くな、とばかりにフロイドが寝転んだシーツの上で体を伸ばす。そんな他の人には易々と出来ないことを僕相手には簡単に許して、しかもそれを臆面もなく僕に伝えてくる辺りが、やっぱりフロイドはズルいと思った。
胸がぎゅう、と締め付けられて、ついでに穴もきゅうっと伸縮する。体は正直ってやつだった。何の隔たりも無いまま沢山擦られて、深いところで一緒になりたい、早くこの人に愛されたいって心の底から願ってしまう。
「見ててね」
フロイドの先っぽを押し付けてグッと力を入れる。少し先端が入りかけるものの、先走りとかローションでぬるぬるになっているフロイドのチンコはつるつると滑って、何度挿れようとしてもつるんっと手の中から逃げてしまった。
緊張しているのか、膝立ちの状態が自然と下半身に力を入れてしまうのか、分からないけど僕側も変に力んでしまっているらしい。焦って何度もトライするけど、そのたびフロイドのチンコはウナギみたいにつるんと手から逃げて、僕の尻周りにずりゅん、ずりゅんと擦りつけられるだけだった。
うー入らない。正直チンコが肌を滑るだけでも相当気持ち良くて、若干(これはこれでまぁ…)と妥協したくなってんのもマズい。
その後も何度が擦りつけるだけの行為が続いた。角度の問題なのかチンコを掴んでる位置が違うのか、首を傾げてあーだこーだとチャレンジを重ねる僕を見かねて、フロイドがおもむろに自分の性器に手を添え始める。
「ちょっと、見てろって言ったでしょ。なに勝手に……」
「俺も見てる予定だったさ。ただ、まさかこんなに遅いとは思わねぇだろ」
「えっ、あ……」
ビクッと無意識に体が跳ねる。何回もイったり気持ち良くしてもらってる僕と違って、フロイドは勃起したままずっと放置されているのだ。中途半端に先っぽだけ穴に擦りつけられて、ちんたらちんたら微妙な刺激ばかり与えられ続けたらそりゃ手も出したくなるだろう。
「な、萎えそう……?」
思わず聞いてしまった僕に、フロイドは飽きれたような顔をして噴き出した。
「ははっ! 何でそうなるんだよ」
「えっ、いや、だ、だってこんな、僕下手で、全然挿れらんないからっ……!」
焦って思ったままの言葉が口に出る。もう一度挑戦しようと穴に先端をくっつけた僕を、ケラケラ笑っていたフロイドがいつの間にかがっしり両手で掴んで、タイミングを見計らったように下から突き上げてきた。
ずぶんっ。
途端、あんなに僕一人じゃつるつる滑っていうコトを聞かなかったフロイドのものが、いとも簡単に僕の中に入りこんでくる。
「かひっ……!」
「あーったく、お前ってやつは……!」
「ひ……ぁ……わ、は……ぁ、」
「あんまり可愛くなりすぎんなよ。壊されちまうぞ」
フロイドが僕のケツを掴んでジワジワ下に下ろしていく。穴の皺が少しずつ伸ばされて、中の圧迫感も増していった。
痛くはない。ゆっくりゆっくり飲み込んでいくと、フロイドが僕の体に入ってくる感覚が生々しいくらいに分かった。
「あ、あ、あ、ぁ、あ」
フロイドのちんこが僕の体を割りながら進んでいく。すごい。暴かれてる。僕の体、フロイドに押し入られて、入っちゃいけないとこもめりめり、広がってうねって、食べられて。すごい気持ち良い。奥までずっと。気持ちいい。ヤバい。もっと奥。全部。きてほしい。暴いてほしい。
「あッ、うっ……あぅ、……ん、……ァ……」
全部収まると不思議な感じだった。腹の中と心臓辺りが満たされて、頭の中はふわふわしている。気持ち良いっていうか、幸せ? よく分かんない。僕のちんこは相変わらず勃ってるし、我慢汁もダラダラだから多分体の方も気持ち良くはあるんだろうけど、それより気持ちがふわふわして、腹の中はポカポカした。いま何かお願いされたら多分なんでも「はい♡」って内容聞かずに承諾しちゃうと思う。それくらい頭の中が花畑状態だ。
フロイドは僕が形に慣れるまで動かないでいてくれた。手を伸ばして、僕の顎をこちょこちょと撫でてくる。やっぱこの人僕のこと犬だと思ってる? と少しムッとなったけど、(犬にちんこは突っ込まないか)で留飲を下げることにした。
僕の体が勝手に中にいるフロイドをぎゅうぎゅう締め付け始める。早く動いてって、僕の本能がフロイドに媚びていた。
「大丈夫か?」
「ん……た、ぶん……ぁ、ぼ、僕が……動くから……フロイドは、」
「まだそれ続けんのか? わりぃが却下だ。そろそろ俺もキツい」
言って、僕が制止をかける前にフロイドは僕の腰を引っ掴んだ。寝転んでいたフロイドが腹筋の力だけで上体を起こし、僕を向かい合うようにがっしりと抱き上げる。
ベッドの上に胡坐の体勢で座り直したフロイドは、僕を体の中心に据えた。確か対面座位ってやつだ。フロイドは僕の肩に顔を乗せて身体を固定させると、腰を掴んでいた手で僕の尻タブを掴み、左右に広げて、僕の体を上下に揺さぶり始めた。
ズッ! ズチュッ!
「ひゃぁあああ!? やっ、あぁん! っ、あ! や、んぁあっ!!」
喘ぎ声っていうか絶叫っていうか。下から突き上げられた途端、僕の口からデカい声が漏れた。さっきまでのゆっくり入ってくる動きじゃなくて、ギリギリまで持ち上げて、落とすように手を放して、すぐまた持ち上げて、また落としてくる。
自重で深々と突き刺さるちんこに、なんだかピストンのたび串刺しにされてるような感覚になった。さっきまでのふわふわ幸せだった気持ちはどこかへ行って、今は貫かれるたび頭がビリビリと痺れ、背筋が仰け反った。
「アぁあっ! ……はぎゅッ、んっ! あぅ! ァうっんッ! やっ、ふッ、うぅ!」
「慣れねぇことしやがって」
「やうっ! ま、まってフロイド……! ぼく、ぼくがやるのっ、ぼくがぁ……!!」
「もう十分やっただろうが」
「ちがっ、だって、こんなんじゃフロイドのっ、」
好みじゃない、と途切れ途切れな声で伝える。貴方は生意気で我儘な僕が好きなんでしょう。こんな風にフロイドにいいように揺さぶられて喜んでる、主体性が無くてフロイドに媚びっぱなしな僕なんて求めてないんでしょう。そう喘ぎ声の合間合間でどうにか言い終えると、フロイドは呆れたように笑う。
「律儀!」
短い台詞でそう評される。何だろう、褒められてるのかディスられてるのか。微妙なところではあったけれど、フロイドは上機嫌に僕を抱き締めてキスをした。うわーヤバい。対面座位、めちゃくちゃ良い。すっごい抱き締めてもらえるし、キスしやすいし、顔が良く見える。これから好きな体位どれですかって聞かれたら「対面座位」って答えることにしよう。
腰が止まらないから僕はキスに応じる余裕もなく、舌もロクに絡められないで、口からは喘ぎ声と涎が垂れ流れ続ける。間に挟まってる僕のちんこが、フロイドの腹筋に当たって動くたびずりゅずりゅ擦りつけられてるのもたまらなかった。なにこれ、腹筋コキ? 腹筋の凹凸にちんこのくびれてる所が上手いこと引っかかって、手じゃなくてこんなところでフロイドに気持ち良くされてるって感覚も相まって、めちゃくちゃエロかった。気持ち良かった。
「あっあァ! ……んあっ、ぁあっ、ぁつ……ッあん……あっ♡ァ! ンんっ♡♡」
「もっと溺れさせる気か? この俺を? ははっ、生意気!」
フロイドが楽しそうに言って、もっと僕を揺さぶったり抱き締めたりキスしたりしてくれる。
(やっぱ生意気なのが可愛いんだぁ)ってぼんやり思ってなんかいると、じぃっと僕の顔を眺めたフロイドは「お前今絶対斜め上のこと考えてるだろ」とやれやれって顔をする。
「そういうことじゃねえよ。どんだけ可愛いんだ馬鹿」
苦笑してまたキスの嵐。
今までとはちょっとだけ雰囲気の違う笑顔で囁れると、熱にうなされてる僕は(よく分かんないけど馬鹿でいっかぁ)と単純にもそう思うのだった。