最初は服の上からすりすり表面を撫でるだけだった指が、三分間ゆっくりじっくり表面を撫で続けた後ようやくって感じでシャツの中に入ってきた。熱が溜まってんのが分かるくらい膨らんだ乳首にはあえて触らず、面積の広い指の腹で乳輪と皮膚の境目をくるくるとなぞられる。
『男になんで乳首って付いてるんでしょうね~特に使い道無いのにアハハ~』ってビール片手に笑ってた日々が嘘みたいだった。すっかり開発されちゃった僕の胸は今や立派な性感帯で、もどかしい刺激を受けると自然に腰が揺れてしまう。
「ん……はっ……」
「息上がってますね。こんなのマッサージと同じでしょうに」
背中越しに弥鱈さんの声が聞こえてくる。抱きかかえるようにして僕にくっついてる弥鱈さんは、相変わらず核心には触れない指使いで僕の体を弄んでいた。ぞわぞわっと快感が背中を上がってくる感覚はあるけど、弥鱈さんが言うようにこの“気持ち良い”はやらしいことをしている時の快感というよりはマッサージの心地よさって感じだ。どうにも快楽の決定打に欠けて、ともすれば今の僕にはなかなか毒な刺激である。
もどかしさから体が動き、使用禁止を言いつけられている両手が良いところを触りたくてシーツ上でうずうずしている。どうにか気持ち良くなってやろうと弥鱈さんの指の動きに合わせて胸を突き出してみたら、たまさか一瞬だけ乳首が弥鱈さんの爪をかすめた。甘い痺れが走って、僕は「んっ」と馬鹿正直に喉を鳴らす。弥鱈さんは速攻指の動きを止めて、僕の体を抱え直すと「何で動くんですかぁ」ってやんわり非難した。
「ぅ、だってぇ……」
「そんな風に動いたら貴方の好きな所に触っちゃうじゃないですか。こっちは焦らしたくてやってるんですけど」
「じら、じらされたくないですもん僕はっ」
「でも時間かけて触られるの好きでしょう?」
「う……」
「ムッツリですもんね貴方。泣くまで責めて差し上げるとよく締まる」
「ちがっ……み、弥鱈さんのねちっこさに付き合ってあげてるだけですよ! そっちこそ、僕が弱音吐くまでネチネチネチネチ……ど、どっちがムッツリだよ! このサディスト!」
「サディストってほどじゃないと思いますけど。ただちょっと、好ましい相手が快楽によって随喜の涙を流している姿を見たいってだけじゃないですか。健全な男ですよ。みんなそんなもんでしょう?」
「乳首許してって言うまで責めるのを止めない人が健全なわけないでしょ!」
「いやぁ? 私から言わせてもらうと、『許して』というだけで止めてもらえるのに、自分が限界になるまできっちり毎度責め抜かれてる人の方がよほど不健全です」
「っ……い、良いから! 早く乳首触ってくださいよ、もう無理なんです……!」
ろくに身動きが取れない身体で胸を前に出す。そのまま体を揺すると微妙にシャツに乳首が擦れると分かり、もぞもぞしてたら、しっかり弥鱈さんにバレてしまってシャツのボタンを全開にされた。
外気に肌が触れる。ぷっくり充血した自分の乳首が視界に入って、これが男の乳首かよ……って思ったら途端にいたたまれない気持ちになった。
「まだ触り始めて数分なんですが」
「無理っ。乳首早くほしい。さっきからすごいジンジンしてるんですよ。見ればわかるでしょう?」
「はぁ。まぁ」
「はやくっ」
「はぁ……」
「い゛あっ……!」
渋々といった様子で弥鱈さんが両方の乳首を摘まんでくる。親指と人差し指で挟み込まれ、磨り潰すように指の上で転がされた。普段より込められた力が強く、ぐりんっと捻られると快感よりも僅かに痛みが勝る。どうも僕の反応が気に入らなかったらしく、盗み見た弥鱈さんはそっぽを向いたまま僕の乳首をぐにぐに潰したり捻ったりしていた。
「あっ、あ、あっ! ちょ、いたっ、痛いっ! 弥鱈さん、強いですってぇ!」
「強い刺激がほしかったんでしょ~?」
摘まんだまま弥鱈さんが手を上下に揺り動かす。様々な方向に引っ張られて、乳首がこのまま伸び切ってしまうんじゃないかと心配になった。
「やっ、ちょ……こん、なのは嫌ですっ。気持ち良くない!」
「はっきり物を言うようになりましたねぇ」
「っ、……は、ぅ……」
「まぁ意地悪は良くないですよね。私別に好きな人を虐める趣味も無いですし」
いやそれは流石に嘘。
思わず突っ込もうと顔を向けたらキスされた。弥鱈さんの手が一旦止まって、痛いことをしてごめんね、と謝るように掌で胸全体を優しく撫でてくる。くそぅ、そう甘いことされるとこっちも強く出られないじゃないか。
仕方ないから舌を伸ばしてこっちから弥鱈さんの口内をまさぐってやり、ずっとシーツを握りっぱなしだった手を僕は弥鱈さんの顔に添える。弥鱈さんの手がピクンと一瞬跳ねて、揃えられていた指先がバラバラに動きだした。
親指と中指がぐに、と乳輪を広げたところで、僕は弥鱈さんがやろうとしてることが分かって弥鱈さんの口内からそっと退く。
「唾液出せます?」
「ん、」
予想した通り弥鱈さんが指を僕の口に突っ込んでくる。分泌を促すように上顎をくすぐって、じゅわじゅわ滲み出てきたヨダレをたっぷり纏ってから弥鱈さんの指は出ていった。
唾液でぬらぬら光ってる指を乳首に擦りつけて、皮膚の薄い部分全体に液体をまぶして滑りを良くする。もう一度僕は弄りやすい体勢に抱え直され、後ろからにゅっと伸びてた二本の腕がつんつん、と僕の先端をつついた。
意図してか無意識かは知らないけど、今からたっぷり触りますよって場面になると弥鱈さんは毎度この仕草をする。ノックするみたいに僕の弱いところをつついて、僕が息を詰めるのを返答代わりにしてるみたいに、期待してる僕の横顔を見届けてから触り始めるのだ。
おかげで僕はパブロフの犬みたいに、最近じゃぁ先っぽをつんつんされるだけで頭と体が甘く痺れるようになってしまった。下半身は先走りでぐちゃぐちゃになっていて、もう必要ないのに涎はいくらでも体の奥から湧いてくる。はっはっと荒い呼吸をしていたら、弥鱈さんの親指と中指が僕の乳輪をぐにぃっと押し広げた。ただでさえ皮が薄い部分をピンと張りつめて、過敏になった状態の乳首を、いよいよ人差し指の爪がカリカリと柔く引っ掻きはじめる。
「ん、んーっ!」
声が出て、喉が仰け反った。頭にビリビリ電気が走って、押さえつけられてる腰が弥鱈さんの脚の下でカクカクと反射的に動く。逃げられないし、逃げたくないのに、気持ちが良すぎて僕は頭を振ってどうにか快楽をやり過ごそうとした。
ぷっくり腫れた乳首の表面を弥鱈さんの爪が掠める。綺麗に綺麗に、僕に怪我をさせないようにと神経質なまでにヤスリがかけられた弥鱈さんの爪は、触るとツルツルしていて、何の引っ掛かりもないくらい滑らかだ。丸みを帯びた爪が触れるかどうかの繊細さで僕に触るたび、触られた場所が甘く疼いて、こみ上げてくる声をどうしても制御出来なくなる。
カリカリ、こりこり。ずっと同じところを引っ掻き続けたかと思ったら、ちょっと乳首から外れたところを弄られて、でもじれったさを感じた辺りで見透かしたようにまた弱いところを責めてくる。声が止まんない。腰の動きも収まんない。下半身は触っても無いのに内腿がびくびくと痙攣しっぱなしで、ぎゅぅと丸め込んだ足の指は、力を込めすぎてそろそろ攣りそうだった。
「あ、あンっ、ぁ、あっ」
「好きですねぇ貴方、こうされるの」
「好き、かりかりしゅきっ……! ひぅ、あ……ン、ん、ぁ、あっ」
「今日はもう少し後からこうする予定だったのに。はぁ。また負けた」
「あっ、んっ、……あっ! や、そこっ! は、ぅ……あ…! きもちっ……!」
「もう良いや。予定変更です。今日はいつもより沢山こうしていましょうね」
「ぃう……!? あ、ぁ! ン……んっ、んんっ、んっ!」
いつもより? いつもよりって、普段からあんなにやってんのに、いつもよりっスか。
何か恐ろしいことを言われた気がして一瞬頭が正気に戻る。でも意識が冷めたのはほんの数秒のことで、ピンッて乳首を弾かれて、乳首の一番先っぽにぐにぃって爪を押し込まれたらもうそれだけで僕の頭はドロドロのでろでろに逆戻りしてしまった。
「えぅ、あっ、ン、あぅっ、う、んっ、うくっ、は、はぅっ」
「気持ち良さそうで何よりです。梶様、今日は許してって言っちゃだめですよ。それ言われたら私は止めなきゃいけないので。我慢です。たくさん、たくさん我慢してください。白目剥くまでなら耐えれるでしょ貴方」
「ひゃぅっ……! あ、ア、アッ。アん、んぁっ、あ、ア、ア」
「耐えれるでしょ」
無茶苦茶言うなこの人。耐えれるかじゃなくて、耐えろってことでしょ。
ただでさえ赤かった乳首は弄られて更に真っ赤に腫れあがっている。滑りが悪くなった気がして、涎を足そうかと思ったら弥鱈さんの口からでろ、と僕の胸元に唾液が垂らされた。弥鱈さんの体液が僕の体に塗りこめられて、また滑らかになった皮膚の上を、やっぱり滑らかな弥鱈さんの爪が柔く優しく引っ掻ていく。
気持ち良い。こんなに何度も引っ掻かれて、皮が薄いところ何度も何度も敏感にされて、僕大丈夫かな。こんなに気持ちが良いこと全然止めてもらえなくて大丈夫かな。
僕は何だか怖くなって、弥鱈さんの顔に添えたりシーツを握ったりしていた手を自分の口元に持っていく。弥鱈さんのすることを邪魔しちゃいけないってことになってる手だけど、でも、まぁこれはルールの範囲内というか、良いよね、邪魔するわけじゃないんだし。
口元を手で覆い、僕は気を抜くとすぐ開きそうになる唇を強く抑える。喘ぎが鼻から抜け、声にもならない声が周囲に響いた。
今の僕は何も言えない。口を塞いでしまっているから、言葉なんてなんにも出てこない。
なんにも。
苦しいも、気持ち良いも、許しても。
「ハッ……私はサディストじゃありませんが、貴方はどうか分かりませんね」
「ンンっ! ……ん、……ん、ン、……ン」
弥鱈さんが悪い顔をして笑い、手の上から僕の口にキスをする。
キスが出来ないのは残念だけど、でも失言を恐れて手を外さないあたり、弥鱈さんの言うように僕はそっちの気があるかもしれなかった。