狼の口がカパリと開き、中から唇よりも赤い舌が伸びた。もたついている胸元の布を押しのけ、門倉さんの舌が梶くんの飾りを舐める。
梶くんが「あんっ」と声を上げた。
「あっ、あふ、ぅ、ん……」
ぐにぐにと舌先が乳首を弄るたび、梶くんからは蕩けた声が漏れる。私が尻尾を握った際の、あのわざとらしい喘ぎ声はなんだったのか。梶くんは嬌声の合間にもっと、と口にして、机に横たえていた身体を反らし、門倉さんの口に自分の乳首を押し付けていた。
「そんな押し付けられると舐めにくいんじゃけど」
「だって、だってぇ……」
「好きやねぇ梶は。ここ触られるの」
「はい、好きです、好き……」
「どれが好き? 指か、舌か」
「んんっ……歯ぁ……」
「好きもんやねぇホントに。狼に歯ァ立てられて喜ぶ兎がどこに居んの」
鼻で笑い、しかし門倉さんはお望み通り梶くんの乳首を前歯で甘噛みしてやる。梶くんの身体がビクンと跳ね、振動で私の手元にあったワインが揺れた。喉の渇きを潤そうとグラスを傾ける私の目の前で、梶くんが狼の牙にかかり、嬉しそうにきゃうきゃうと鳴いている。
「あぅっ! いたっ、あ、きもちっ、かどくらさんもっと噛んで、もっと、ぎゅぅって……!」
「これ力加減ムズいんよ。可愛いけぇ歯がね、つい力が入りそうになる」
門倉さんが見せつけるように犬歯を剥き出す。彼の歯は鋭く発達しており、まるで本物の牙のようだった。脅しのつもりで門倉さんは歯を見せたのだと思うが、今の梶くんには逆効果らしい。
「それ、それぇっ……!」
梶くんの指が門倉さんの口元に伸びる。露見した犬歯を撫で、指の腹を犬歯に押し付けた梶くんは、この後を想像してか熱っぽいため息を吐いた。
「これで噛んでください。ねぇお願い、かどくらさん。ぼく、歯でこりこりされるの好きなんです」
「いやだから」門倉さんが困ったように顔を振る。「それやって前怒られたんは誰よ? はい噛むのはもうお終い。梶のおっぱいは門倉さんだけのもんや無いからね。商品なんやから。弁えんさい」
門倉さんが梶くんから顔を遠ざけていく。一体何をしたらそんな風に起こられるのか、「や、やぁ……!」と梶くんが駄々をこね、首に回した手でどうにか門倉さんを引き留めようとしていた。
なんだかあべこべな姿だ。作り物とはいえ兎の耳を生やした小動物が、狼の牙を欲しがって我儘を言っている。自然の摂理に反した二人の姿はどこか倒錯的で、梶くんの頭を撫でながら「ちょっと我慢が出来ん子で」と私に向かって苦笑する門倉さんは加虐者なのか庇護者なのかよく分からなかった。
次は指による乳首への愛撫が始まる。皮の手袋が薄い皮膚をこねるたび、梶くんの胸からはキュッと皮の擦れる音がした。
これも梶くんは気持ちが良いようで、彼は小ぶりな顎を仰け反らせてふるふると身体を震わせている。いかにも感じているのに、彼は「っ、ゆび、じゃ、きもちよくない、です……!」と強がりを口にしていた。案外意地っ張りな性格なのかもしれない。牙が欲しいとせがんでいた手前、指先に翻弄される自分は勝手が悪いのだろう。
「気持ち良くないの? あっそう。じゃぁもう触ってやらんわ」
門倉さんが目尻を下げ、ワザと拗ねた口調で言う。可愛くないガキじゃのう、と悪態をつき、門倉さんの手が梶くんの腰や腿を撫でまわしていた。どこら辺が可愛くないと思っているのだろう。門倉さんの指先からは、『この子が可愛くて仕方がない』という感情しか伝わってこないのだが。
門倉さんが手袋を外し、ほとんど見えていなかった彼の肌がようやっと露出を増やす。狼という肩書上、もしかしたら爪も鋭く伸びてしまっているのではないかと危惧していたが、流石に杞憂であったらしい。清潔に爪が切り揃えられた門倉さんの指は、彼を構築する要素の中で一番人間らしい部位だと思った。
おもむろに門倉さんが机の下に手を入れ、何やら物々しい箱を引っ張り出してくる。蓋つきのそれを開ければ、中からはローションにコンドーム、それに様々な種類の性玩具が顔を覗かせた。ギョッとする。なんてものを客の席に置いているのか。そりゃぁ兎狩りは客の目の前で繰り広げられるのだから卓ごとに備品を設置しておけば合理的だが、つまり私が何気なく梶くんと談笑している間も、机の下には淫具の数々が置かれていたというわけだ。
梶くんは箱の存在を知っていたのだろうか。いや、そもそも彼だって従業員なのだから当然知っていただろう。知っていて、その上で彼は朗らかに笑っていたのだ。背徳的な状況を今更思い知り、私は視界がクラクラする思いだった。
門倉さんがローションを手に取り、多すぎるのでは、という量を掌にぶちまける。大きな手に粘着質の液体が纏わりつき、ローションを温めているあいだ門倉さんの手からはぬちゃぬちゃと生々しい音がした。梶くんの方に目を向けると、彼は門倉さんの手元を凝視してフーフー荒い息をしている。アナルがひく付き、呼吸をするように中の肉が蠢いていた。
既に随分と受け入れる態勢が整っているように思えたが、門倉さんは手にあったローションを全て梶くんのアナルに垂らし、手に残ったローションは念入りに自分の指に塗り込んでいた。万一にも怪我をさせないようにと、門倉さんの指がローションに汚れていく。
門倉さんの手が梶くんの蕾に伸び、窄みの淵を指先がなぞった。人差し指と中指でアナルを広げ、垂らしておいたローションを中に流し込みながら、逆の手は皺の一本にまで潤滑油が行き渡るよう淵を擦っている。
「ひゃぅっ……あ、……ぅ……んぅ」
声の毛色が変わり、梶くんの喘ぎには先程に比べると若干の恥じらいが混じっていた。乳首は良くても、さすがに排泄器官を弄られると気まずいらしい。広げた足をビクビクと痙攣させ、反射的に閉じようとする梶くんの脚を、間に挟まった門倉さんの体が阻止していた。梶くんは足を閉じることも門倉さんを拒むことも出来ない。机の端を掴みながら、初めて会った客の目の前で梶くんは後ろの快感に酔いしれていくのだった。
皺をなぞっていた手は袋のほうへ移動し、ローションを流し終えた手はそのままアナルを解す作業へと移る。節ばった門倉さんの中指が梶くんに侵入していき、挿入が分かると梶くんは「きゃう」と声を上げた。
中指が抜き差しされ、梶くんは固く目を閉じて中の感触に集中する。イイトコロを刺激されるたびに嬉しそうに啼き、作り物の尻尾が本物のように梶くんに連動して揺れた。
他の卓にいるバニーボーイがほとんど前戯もないまま突っ込まれていることを思えば、目の前にいる梶くんは大層恵まれた待遇を受けているように思えた。まぁお相手となっている門倉さんがおそらくは梶くんと恋仲にある人間のなので当たり前かもしれないが、門倉さんは「無理やり喰らっとるとはいえ、前戯のないセックスはほとんど折檻じゃろ。そんなの梶が可哀相や」とローションを追加し、たっぷり指一本で焦らされていた梶くんの中に人差し指も挿入した。
指が二本になったことで愛撫のバリエーションも増えたらしく、門倉さんは中で二本の指をバラバラに動かしたり、梶くんの弱いところを集中的に虐めては彼の反応に満足げな表情を浮かべている。梶くんは特に前立腺を責められることがお気に入りらしかった。門倉さんが指で前立腺を挟み込んで小刻みに揺らしてやると、梶くんからはひと際高い声が上がる。股間がむくむくと大きくなっていき、梶くんの先端からは早々に先走りが漏れていた。
「あっ、ぁ! や、やめてっ、それっ、ぶるぶるしないで……!」
梶くんが頭を振っている。頭のウサ耳が落ちそうになって、門倉さんが「耳落ちちゃうよ」と指を引き抜き耳を元に戻した。梶くんのラバー素材の耳が、ローションと体液でいやらしく光る。
「大分解れてきたね。梶、もう入れてもいい? それともまだ指で気持ち良くなる?」
「やぁ、入れて! 入れてください! 門倉さんのちんちんほしい、ちんちんできもちぃのほしい……!」
「ん。じゃぁそうしよっか」
男冥利に尽きる言葉を言われ、いよいよボトムに手を伸ばし、門倉さんが自身の前を寛げる。ぶるんと飛び出してきた性器は同性でもギョとするほど太く逞しかった。
「あーっと……お客様、これどうされます?」
いきなり門倉さんが私に話しかけてくる。コレ、と指差されたのは彼の剛直だった。
「え、ど、どうとは?」
「特に希望が無かったらゴム付けるんやけど、オプションでナマのまんま突っ込むことも出来るんよ。兎どもは基本中出しされるのを嫌がるけぇ、よりレイプっぽいプレイが見たい客はゴム無しを選択する」
「あーなるほど……」
そういえばこれはレイプ現場を鑑賞するイベントだった。
あんまりに二人が仲良く睦合っているので、そもそものコンセプトを私は忘れていたようだ。
「梶くんはナマって嫌がるんです?」
「えー嫌がらんのやない? 梶どう? ゴムあんのとナマと、梶はどっちが好き?」
と、予告なく門倉さんが梶くんの性器を握り込む。挿入を強請っていた梶くんだったが、性器に触れられるとは思っていなかったらしい。いきなり自身を扱かれ、面食らって声を上げた。
「あ、ァ、……っ! ぁんっ! やっ、いまそこ触っちゃダメ! やぁっ、イっちゃう、イっちゃうから……!」
「梶教えてー? 梶はゴム付きのちんぽかナマかどっちが好きなん? 門倉さんのザーメン中に欲しい? 梶のケツまんこ門倉さんの精液で孕ましちゃってええかなー?」
「えぅっ、…ま、まぁゴム付きのほうが………ゃ、あぁア!? ッ、ひぅっ! 待ってぇ! ちんこもっと扱かないでぇ!」
「あー悪い。聞こえんかったわ。もっかい言ってくれる?」
「あうっ! んンっ! こ、コンドームいやです! かどくらさんのぉ、門倉さんのおちんちん欲しい! ゴムやだぁ! かどくらさんしかヤだよぉ!」
「あーそうなん。じゃぁオプション頼もうね~」
「失礼ですけど門倉さんって性格悪いって言われること無いです?」
ひどい誘導尋問を見た。要は門倉さんがナマでヤりたかっただけの話だが、彼は涼しい顔で「梶がそう言うんで。すいませんねぇ」と私にオプション表を差し出してくる。いっそ清々しいくらいの暴君である。狼っぽいといえば狼っぽいが、リアル狼の面々からしたら風評被害も甚だしいだろう。
射精寸前でパッと手を離された梶くんは、口の端から涎を垂れ流して「え、今日ナマなの……?」とキョトンとした声をこぼしている。一応嫌な素振りを見せたらキャンセルしてあげようと思っていたが、梶くんは手で口元を拭い、「中に出されちゃうんだぁ……」とニヤけていた。何だよ、満更でもないじゃないか。ならもう良いや。
私はオプションシートにチェックをして、念の為門倉さんにチェックマークを確認してもらう。門倉さんの整った顔がふふんと満足気に笑った。
いやはや、改めて見ても門倉さんは美しい御人である。まぁまぁ高額なオプション費用と相まって、世の中の理不尽を凝縮して見せつけられた気分だった。
「ほんじゃまぁ、ヤるか。梶は力抜いとってねー」
赤ん坊の腕ほどもある肉の棒が、梶くんの尻の割目にのっそりと乗り上がった。性急に挿入しないのは、私へのサービスなのか、はたまた門倉さんの趣味なのか。
割れ目に太い肉が挟まっている姿はホットドックのようだなぁと思う。いやいや兎に狼のセックスに、例えでも「ドッグ」はないか。
門倉さんが腰を引く。尻の割れ目を性器が滑り、梶くんの窄まりの上を何度も往復していた。
「ンぁ、っ……ッア……、~ッ♡」
感覚が集中している肛門付近をなぞられて、たまらないのだろう、梶くんが悩まし気に眉を寄せた。
もどかしい刺激に梶くんの腰が自然と揺れ、穴に欲が押し当てられるたび、梶くんは熱さに「あついよぅ」とうなされたように言う。ローションが立てる水音はちゅくちゅくと品性の欠片もなく、梶くんは人間の耳を押さえて恥ずかしそうにした。
「ん、ふぅっ……ぁ、……かど、くらさん……もっ……けつ、」
「梶、言葉遣い。可愛くせぇって言われたじゃろ?」
「あぅっ……! おし、おしり……門倉しゃん……僕もうおしり……溶けちゃうんで……」
熱の高い性器に何度も擦られ、梶くんの穴もいっそう赤く腫れぼったくなっていた。ふっくらと盛り上がった穴はさぞ埋まったら気持ちが良いだろうと思う。すっかり穴を仕上げたところで、門倉さんが舌なめずりをした。
「ぁ、あっ♡」
つぷ、と先端が穴に突き刺さる。狂気のような門倉さんのソレを、梶くんの肉壺は難なく飲み込んでいった。「ッんん、っぁ、あッッ、~~~ッ!♡♡」
門倉さんの性器があらかた収まりきってしまうと、梶くんの身体がビクンと跳ね、彼の性器からびゅくびゅくと精液が漏れ出した。トコロテンというやつだ。挿入中は性器を触られていなかったのに、随分仕込まれた身体である。
「なに、挿れただけでイったん?」
「っンぅっ……ン、あ……ご、ごめんなさっ……!」
「はしたない。お客さんが居るのに自分ばっかじゃ駄目じゃろ」
門倉さんが梶くんの身体を抱え直す。達したばかりの身体を動かされ、梶くんが余韻で甘く体を震わせていた。
「謝るのはワシじゃなくてお客さんに対して。なぁ梶? 勝手に一人でイって自分だけ満足して。行儀が悪いわなぁ?」
「ぅ、く……!」
梶くんが泣きそうな顔で門倉さんを見る。怒らないで、と小さく呟いた唇が門倉さんの顔に近付こうとしたが、門倉さんは一瞬惜しそうな顔をして、「媚びは客に売れ言うとるじゃろ」と厳しい言葉で梶くんを跳ねのけていた。
「お客さんに言うこと無いんか? ん?」
「ぁ………お、きゃく……さま……」
梶くんの潤んだ瞳が久しぶりに私を捉える。達したばかりの、性の気配が強すぎる瞳は私にとって目の毒だったが、梶くんは私の勝手など知らないとばかりに、ただ門倉さんに言われるがまま、甘イキを繰り返している体で私に謝罪を口にした。
「勝手に気持ち良くなって……勝手にイってすいません……。つ、次はもっと……僕のやらしいところ、もっとたくさん見せっ……~ッ!?!? あっんァあ!! ンぅ! 、ぁ、ア!?」
「はい良い子。ちゃんと謝れて偉いねぇ梶。ほんならお詫びに、いっぱいやらしーとこ見せようね♡」
謝罪の最中、気を緩ませていた梶くんの身体を突然開始された門倉さんの律動が掻っ攫っていった。
梶くんは突然の刺激に目を見開き、ダイレクトに受け取ってしまった刺激に途端にあられもない声を上げ始める。やはりこの門倉さん、性格が少々悪過ぎだ。
太い幹が出たり入ったりを繰り返している。繋がっている部分を門倉さんが高く掲げてくれているので、私の目からは二人の繋がっている部分も、抜き差しする様子もはっきりと見えていた。
門倉さんの剛直が引き抜かれるたび梶くんの中の肉が共に引きずり出され、再び打ち込まれるたび梶くんの肉もまた中へ押し込まれる。てらてらと濡れた腸壁がめくれあがって、まるでそれは女性器のようだった。この瞬間、梶くんの尻穴はまんこなのだ。男を受け入れ、搾り取るために存在している。
「んっぁア! ッァあァ! ぁ、あ! あっぅンぁ! ふっ、うっ、ぁ! ッあん、ァあんンッ、んんっア!」
梶くんは門倉さんの責めに夢中なようで、目元をかたく瞑り、押し寄せる快感に盛大に善がっていた。
門倉さんの逞しい腕をしっかりと握りしめ、梶くんの脚はこれ以上ないほど開き、指先までピンと伸びている。先程吐き出したばかりの性器は既に復活していて、激しい動きに合わせてぶるんぶるんと揺れていた。
じゅぶじゅぶ、ぶちゅぶちゅ。接合部から今までの比ではないほど大きな音が立つ。よほど中もイイトコロばかりを突いてもらっているのだろう、だらりと舌を外に放り出した梶くんが、舌足らずな口調で門倉さんに媚びていた。
「ンッぁ! ひっ、んっ、ふ、ぅ! きもちっ、きもひいぃ! 、あッぁ、あァッ! ンぅも、もっと、ぁん! もっとぉ!」
梶くんの身体がガクガクと痙攣している。気を良くした門倉さんが更に激しく動き、梶くんの薄い腹筋越しには、外からでも剛直が中をゴリゴリと擦っている様が見てとれた。びっしょりと汗をかいた梶くんの身体にラバースーツが張り付き、むわ、蒸れたにおいが私の方にまで伝わってくる。
そうしていると、次に視界の隅っこには白い塊がころんと現れた。水分を含み、私がにぎにぎした時より幾らかしんなりしてしまった梶くんの尻尾である。
「あ、性感帯」
「ん?」
思わず声をあげた私に、梶くんを貪っていた門倉さんがピタリと動きを止めた。あれだけ激しく動いていたにも関わらず息一つ乱していない。彼の下では穿たれ続けていた梶くんが、ぜぇぜぇと荒い息をして呼吸を整えていた。
「性感帯?」
「それです、そこに落ちてるファー」
私が指差すと、門倉さんが梶くんの尻尾を拾い上げる。梶くんはぼんやりと門倉さんの動きを眺め、自分の背後に手を回した。尻尾が着いていた部分を確認し、かすれた声で「取れちゃってたんだ……」と言う。それなりに大きな毛の塊だが、気付かないほど門倉さんの性器に夢中だったらしい。まったく、実情を聞けば聞くほど性感帯が効いて呆れる話である。
「これ性感帯なん?」
「さっきそう言ってましたよ梶くん。ウサギの尻尾は性感帯だって。さっきオプションでにぎにぎしました」
「あぁ、そういやぁそういう設定だったか」
門倉さんがファーを手で弄びながら言う。設定とかキャスト側が言っちゃダメだと思うのだが。
「それをにぎにぎするのに、それなりに私は金を払ったのです。なのに梶くんときたら、握られている時はやる気のない喘ぎ声を出すだけでして」
「ほう?」
「え゛っ!? や、待って、ぼく、やる気はちゃんと……!」
梶くんがギョッとした顔をする。相変わらず門倉さんの性器は刺さったままだが、ピストンが一旦止んで梶くんも多少正気に戻ったらしかった。
えぇ分かっている、分かってるとも。あの時の梶くんはきちんとやる気に満ちていて、私を楽しませようと彼なりに努力してくれていた。喘ぎ声が単調で特に色っぽくなかったことも事実だが、今しがたのセックスを見るに、彼は日頃から門倉さんに強烈な刺激を与えられ続けているのだろう。演技で喘ぐ必要がないほど快楽を覚えている日々なので、他のバニーボーイ達のように嘘喘ぎが身に付き難いのかもしれない。
それはそれでたまらない話だし、先述したように私は梶くんの慣れない喘ぎ声も一生懸命で可愛いと思った。だから本当は、梶くんに金を払ったことなんて全く後悔していない。
ただ後悔はしていないが、アレを火種に梶くんを少しイジメることが出来るなら、それはちょっと“おいしい”。
「今までの反応を見ていて愕然としましたよ。私が尻尾を触った時と全然違うのです。金を払うとき、私は梶くんが性感帯で感じている姿を見られると楽しみにしていたのに」
「いや、その……!」
「なんだかなぁ。払って損したなぁ」
チラ、と門倉さんに目を向ける。あわあわとしている梶くんの上で、門倉さんが私の思惑に気付いたように「にっ」と不気味に笑った。
「お客様それは、当店のバニーボーイが大変失礼いたしました」門倉さんが慇懃な態度で頭を下げる。「お詫びと言ってはなんですが、改めて梶にやり直しをさせましょう」
「へっ!?」
梶くんが場違いなほど素っ頓狂な反応をみせた。
まさか門倉さんからそんな提案が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。「か、門倉さんっ?」と不安げに呟いた梶くんに、門倉さんは自身の手にあった尻尾を握らせた。
「梶、お仕事はちゃんとせなあかんよ。尻尾を弄らせるために、お客さんに金を追加してもらったんじゃろ? なら金の分は働いて、ちゃんと客を満足させるのが筋ってもんだ」
「え、で、でも、満足ってどうやって? 僕あの、本当に自分なりに頑張って……!」
「うんうん、梶は頑張り屋さんじゃけぇね。ワシだって梶が手ぇ抜いたなんて思ってないよ」
言いながら門倉さんが梶くんの手を前側へと導いていく。フワフワしたファーが梶くんの直立しきった性器の丁度真上に置かれ、長い毛先が、あと数ミリで梶くんの最も敏感な部分に触れそうだった。
「え」梶くんの口元がひくん、と痙攣する。
「アレじゃね、梶は普段他の人間に気持ち良くしてもらっとるから、一人で善がり狂う方法を知らんかったんよね」
「え、かど、門倉さん……? ま、まさか。冗談ですよね?」
「梶は正直者じゃけぇ、演技なんて無理じゃろ。尻尾のこの柔い毛でね、ここの弱いとこ、くりくりって弄ったらすぐ気持ちよォなるから」
「ほ、本気で言ってます!? むり、無理です! 僕ほんと、ここすっごい弱いんです! そんな、さきっぽこんなので触ったら……!」
「あー気持ち良すぎて泣いちゃうだろうね。梶は。うん、だからやれってワシ言っとるんじゃけど?」
ピシャンと門倉さんが言い放った。梶くんの性器を指先でくすぐり、尻尾に触れるか触れないかの微妙な位置で梶くんの性器を揺らす。梶くんは目を瞠目させ、細かい喘ぎ声の合間に私と門倉さんを交互に見ていた。
「お客様がご所望じゃ。やれ」
最後は完全に命令だった。客の希望だと門倉さんは言ったが、正直、ここまでやってほしいなんて私は言っただろうか。
梶くんの瞳がふるふると震え、ファーを持つ手も、緊張なのか今後襲ってくる刺激を恐れているのか、なんとなく手元が覚束ない様子だった。やりたくない、が彼の全身から伝わってくる。怖い、が彼の表情に滲む。それでも教育の賜物なのか、梶くんは片方の手で性器を支え、尻尾を握る自身の手を、自らゆっくりと下ろしていった。
「────っ!!!! や、ア、あ! あうっ、ヤ゛あアア!」
ふわふわとした毛が亀頭の先に触れた。自分自身で手を動かし、己の性器を虐めながら、梶くんが今までで一番苦しそうに喘ぎ始めた。
「やあぁ゛ぁ!゛ アァ゛ッ! ツひっ、やぅ!! やッ! っやだッ!! やだああ!!」
身体がガクガクと震え、背中がこれ以上ないほど反っている。門倉さんに体をしっかりと固定され、私の視界には真っ赤に腫れた自身の亀頭を虐待する梶くんの痴態が広がった。
先端だけの刺激なので、激しい快楽に反して射精まで到れないのだろう。頭を振り乱しながらも梶くんは手を止めず、ひたすらビクビクと痙攣する先端に繊細なファーを押し付けていた。細く柔らかい無数の毛が亀頭を撫で、鈴口やカリの窪みなど、細かな所にまで毛の一本一本が入り込んで梶くんを責める。
「これダメぇ! ひっ! アんっッ゛! あァん゛! ア! ぁうぅ!! だめ、だめぇええぇ!!」
拒絶の言葉が多い。喘いではいるが、ここまで刺激が強いともはや苦痛なのだろう。
吐き出し口にずっと強烈な刺激があるので、感覚としては射精時に近いのだろう。ただ通常の射精は出せば終わりだが、これは実際に精を吐き出せているわけでは無いので快感に終わりがない。ずっと絶頂から降りてこないで、なのにどんどん敏感になっていく先端に、変わらない刺激が積み重なっていく。「も、やだぁ! ひぐっ! う゛ぅ! やだやだぁあっ!!」と叫びつつも自らの手で自身を追い詰めていく梶くんはひどく官能的だ。嬌声に泣き言が混じり、体は痙攣して、けれど言われた通り梶くんは客や門倉さんの前で善がり狂ってみせる。自分以外の人間が止めて良いというまで、彼に虐待を止める権利は無いようだった。よく仕込まれている。今まで幸せそうに恋人に愛されていた青年が、ほんの数秒でただの慰み者と化していた。
「ひっ……!! やァあ゛んぁ、゛ッ!? 待っ、待゛って、ま゛って゛ぇ゛!!」
梶くんが叫ぶ。彼に挿入したまま動かないでいた門倉さんが、急に律動を再開したのだ。どちゅどちゅと遠慮なく先程と変わらない動きをする門倉さんに、梶くんがあられもない声を出した。中からは前立腺を突き上げられ、外からは亀頭を責められ、梶くんの泣き言が騒がしい場内にひときわ大きく響いた。
「ひぃいい!!! ああああ待っで!! しぬ、死んじゃう! しんじゃう゛うう゛!!」
「性感帯たっぷりいじられてえぇねぇ梶♡ 汗やら何やらで顔ぐっちゃぐちゃよ? そんだけ善がってもちんぽから手ぇ離さんのは偉いわ。ホントに覚えがええね、梶は」
「おねがい突かないでぇ!! どちゅどちゅしな゛いでぇ! ちんこもう限界なんです! しんじゃう! おねがいケツ抜いて! おね゛がいぃ!!」
「本当に限界なんやねぇ。んーでも、偉いけどさっきから素が出てない? ワシそんな喋り方せぇって言うた?」
「かどくらしゃん止まって! むぃ、むりぃ゛っ!! あぁ゛ア゛! ケツ! ケツ死ぬ! こわれる゛!」
「だからよぉ! のう、もっと媚びた言い方せぇって! なぁ! さっき言うたばかりじゃろ!」
「ひあァああ゛!!! ああア゛ごめんんなさい!! ごめんなさい゛!!! おしりです! ぼくのおしり!! ごめんなさいごめんなさい!!! おしりもおちんちんも許してぇ゛え!!!」
梶くんの頭からいよいよウサ耳が飛んでいった。あとにはラバースーツに身を包み、アナルに深々とペニスを突き立てられた青年が残る。
ごめんなさいと口にしながら机の上にありとあらゆる体液をまき散らし、あどけなささえ残る青年は、ダムが決壊したように先走りを垂れ流し続ける性器を掴み、その亀頭をグリグリと液まみれになった繊維で磨いていた。
梶くんの姿は確かに興奮する。だが興奮すると同時に、少々私は心配にもなった。こんなに絶叫するほど責められて本当に梶くんは大丈夫なのか。いくら商売とはいえ、これでは彼の負担が大きすぎるのではないか。
徐々に表情が険しくなる私に気付いたのか、門倉さんが「心配そうやね」と私に声をかけた。そりゃ普通はそうだろう、と思う。梶くんは相変わらず門倉さんの性器で穴を躾けられている。
「まぁ梶、全身よわよわじゃけぇね。特にちんぽが弱いんよ」
「大丈夫なんですか。そろそろ白目剥きそうですけど」
「人間そう簡単には死なん。梶~♡ 気持ち良いねぇ、玉も触ってやろうねぇ♡」
「やらああああああ゛あ゛!!! ふにふにしにャいでっ!! もうきもちい゛のやだ!!! いらない!! いらない゛いい゛い゛!!!」
「殺すつもりじゃないスか」
思わず突っ込んだ私に「そんなわけあるかい」と門倉さん。こんな可愛い子をどうして手放せるのだとばかりに、梶くんの髪に手を差し込み、彼の汗と涙まみれの頬に門倉さんは唇を寄せた。反対の頬にもキスを落とし、目元や額、顎の先までちゅっちゅと軽いリップ音を残していく。下半身は容赦がないまま、唇は梶くんを慰めるように優しく動いていた。
「うう゛うっ……!! か、かどくらしゃんっ、かどくらしゃん゛ン゛……ッ!」
梶くんの声が少しだけ萎む。ほぼパニックのように叫んでいた彼が、しゃくり声を上げながら門倉さんの名前を呼んだ。
「はーい門倉さんじゃよ~。」
「ぎもちぃのつらいよぉ゛……ぅぐ、ア゛あぁアッ゛! ア゛! かどくらしゃんっ、こわいよぉ゛お゛!!」
「怖い? そっか、怖いか。そうじゃねぇ。なら、そろそろ仕舞いにしよか。梶は頑張ったし、ワシもほどほどに出したい」
ぬぽん、と間抜けな音を立てて門倉さんの性器が久しぶりに全貌を現す。元より規格外に大きかった性器は、挿入の前よりさらに肥大していた。ビキビキと血管が浮き出て、今にも弾けてしまいそうだ。あれだけ優位に立って梶くんを責め立てながら、門倉さんもそれなりに切羽詰まっていたらしい。少しホッとする。梶くんばかり乱されていたらちょっと彼が不憫すぎた。
「あ、二人ともそろそろ終わりそうです? ───ではお客様、最後にこちらを」
ぬっ。
横から水を差したのは、今まで場を離れていたオーナーだった。
気は熟したとばかりに、オーナーの手にはトレイと、その上に琥珀色の液体が入ったショットグラスが並んでいる。ここにきてドリンクサービスだろうかと手を伸ばした私に、門倉さんが「私が飲むのですよ」とやんわり指図した。
「それもオプションなんよ。狼用のブースター」
「ブースター?」
「興奮剤ですよ。狼の」
首を傾げる私に、オーナーが補足するように説明を入れる。よく見るとトレイ上のショットグラスは二,三杯が空になっている。今まで梶くんたちに夢中で気付かなかったが、周囲に意識を向けると、今までよりも更に甲高い声と狼たちの息遣いが響いていた。
周りの狼たちは歯を剥き出しにして、バニーボーイ達の穴をむちゃくちゃに穿っている。表情には鬼気迫るものがあり、バニーボーイの中には穴から出血している個体や、机に頭を擦りつけて「もう殺して」と土下座する個体まで居た。
「これを飲みますと、狼たちは理性などすべて失ってしまって、それこそ本物の獣みたいに、本能のまま兎たちを貪ってしまうんです。見ものですよコレを飲んだ狼というのは。兎なんてひとたまりもない」
「え、それ、大丈夫なやつです? 合法?」
物騒過ぎる説明に思わず顔が引き攣ってしまう。今まで他人のセックスを鑑賞するなど、散々アンダーグラウンドな催しを楽しんでおいて言うのもなんだが、私は元来あまりアングラな事柄に興味がない。セックスドラッグなんて言うに及ばずで、近くにラリっている人間が居ると、興奮よりも先に恐怖が勝つくらいだ。
「あ、勿論合法ですよ! 狼役がお客様に危害を加えることも無いのでご安心を!」
よほど私は険しい顔をしていたのだろう。オーナーが努めて明るい声で言い、「当店はいついかなる時もお客様の身の安全を保障します!」と付け足した。いや、心配しているのは我が身の危険ではないのだが。
私は門倉さんを見る。今にもはち切れそうな男根がぶら下がっているとは到底思えない涼しい顔の美丈夫が、余裕なく牙を剥き出し、梶くんを貪る姿が見たくないといえば嘘になった。梶くんの痴態も見たいが、この人の余裕がなくなった姿も見たい。しかしその為には、可哀相なことに梶くんは更にキツく責められることになるのだ。
「門倉さん、あの、オプ───」
「はっ♡へぅっ♡ん、ン♡あ、あふっ♡」
「あ、梶トんだ」
「えっ」
門倉さんにオプションの相談をしようとしたその瞬間である。理性の『り』の字もない卑猥な声が私と門倉さんの間から上がった。見れば門倉さんに性器を引き抜かれてしまった梶くんが、後ろの口をクパクパ開閉しながら、今はアヘアヘ言いながら性器を尻尾で責め続けていた。
どうも後ろの刺激がなくなった喪失感を、梶くんは性器への過剰な刺激で埋めることにしたらしい。虚ろな目を見るに門倉さんが言うように意識が“トんで”しまっているのだろう。我々の会話も聞こえているのいないのか、焦点の合わない目でこちらを見上げたまま、梶くんはすっかり体液で毛が固まってしまった尻尾を鈴口に押し付けて小刻みに揺らしていた。
「あああっ♡♡♡ ひっ♡はへっ♡あっ♡しっぽ♡ すご、ア、あ゛♡ もうむりっ♡ ちんこばかににゃってる♡」
梶くんの亀頭がくちゅくちゅと先走りで粟立っている。見るからにキツそうだが、梶くんの手を動かしているのはもはや彼の身体に叩き込まれた『客を喜ばせろ』という命令だった。意思なんてあるように思えない。慰み者がひたすら自分の身体を他人の為に捧げていた。
「くる、くるしぃっ♡ もっ、やだよぉ♡ あっアッ♡あああっ♡ たしゅけてっ♡ はひっ♡ひ、ひぃっ♡♡」
私に危害がかからないとしても、私がオプションを選択すればこの状態の梶くんが獲物になるわけだ。大丈夫なんだろうか。私は門倉さんに途中になっていた「オプションどうしましょう?」の質問を投げかける。梶くんの痴態を見下ろしていた門倉さんが、私の視線にニコリとした。
どすん、と音がしそうなほど質量がある玉袋が梶くんのアナルを塞ぐように置かれる。でっぷりと溜め込んだ自身の袋を手で持ち上げて、門倉さんが低い声を出した。
「ワシいつまで生殺しなん? 正直コレ、イライラしとってもう限界なんじゃけど」
そう凄む門倉さんのこめかみには青筋が走っている。はよ出させんかい、と客を睨みつける門倉さんは、お願いをしている側なハズだが有無を言わせぬ迫力があった。
「いや、でも、オプション……」
「あ゛ぁ? 使えばええじゃろそんなん。この場で善人ぶって何になるんよ。梶がひぃひぃ言っとるところも、偉そうなワシが無様に腰振っとるところもおどれはとっくに見たいんだろうが。買えや、ワシらを。客はおどれじゃ」
全部バレていた。梶くんに対する期待どころか、門倉さんに向ける私の浅はかな思惑もだ。門倉さんがオーナーを顎でしゃくる。私の眼前にトレイが差し出された。
すっかり広がった梶くんの穴が、門倉さんの袋にちゅぅちゅぅと吸い付いていた。擦られすぎて感覚が鈍くなっているのかもしれない。梶くん自身は門倉さんの肉が押し当てられていることに気付いていない様子で、今やペニスを使った一人遊びに、理性を全て失い没頭していた。
「あへっ♡ はっ♡へぅ、う♡ あ゛んんっ♡あっ♡ 弱ちんもっと弱くなるっ♡ ん、あ、オっ!♡ アああ゛カリっ♡♡ かりもやばっ♡♡ みんなもっと見てっ♡ 僕のちんこよわいの見てぇえ♡♡」
穴は他人の肉に吸い付き、竿を支えていた手はいつの間に上下に動いて自身を高めていた。勿論亀頭磨きは継続中で、梶くんは私が彼を思って葛藤したり、門倉さんが射精出来ずにイライラしている間も、自分ばかりは快楽に浸って愉しそうだ。
その姿はまるでサキュバスの類かオナニー中毒者だった。何だか無性に、可哀相だったはずの梶くんが一転して狡く贅沢な生き物に見えてくる。若い彼が『苦しい』というから同情してやったというのに、実際の梶くんはその苦痛さえ快感に換えて自慰に耽っている。結局のところ彼は悦楽を謳歌しているだけではないか。か弱いフリをしながらちゃっかり良い思いをして、哀れみを抱くこちらがもはや馬鹿馬鹿しく思えてくる。
ふと、私の頭の中にある映像が浮かんだ。以前ネットで見たアニマルビデオの一幕だ。無償の愛を注ぐ飼い主の手に、そんなことは露も知らないペットの兎が発情して腰を振っていた。兎は万年発情期だから仕方ないよねぇ、と苦笑する飼い主は、結局ビデオの終盤まで兎に腰を振られ続けていた。かつての映像が目の前の現実とダブる。所詮兎の本質とは理性のない獣なのかもしれない。
私はショットグラスを一つ手に取り、ついにオプションを追加する旨をオーナーに伝えた。かしこまりました、とオーナーが微笑み、門倉さんもにんまりと笑う。
グラスの中で琥珀色が波打っている。アルコールらしき匂いが表面から立っていた。
「ブースターって聞きましたけど、見た目や匂いはテキーラみたいですね」
正直に思ったままをを口にする。
流石に例えが安直すぎたかと心配になったが、門倉さんはあっけらかんとして言った。
「おん、テキーラ」
「あ、テキーラなんだ」
テキーラだった。なんなんだよ。
「まぁこんなん所詮設定やからね。雰囲気が出れば何でも良いんよ」
門倉さんの顔がずい、と私の手元に寄せられた。麗人がショットグラスを口だけで咥え、柳の葉に似た形の目が、上目遣いに私を見つめている。
おそらく一連の動作もオプションの内なのだろう。門倉さんはそのままグラスを私の手元から引き抜いていった。鋭い犬歯がショットグラスをガチリと固定しているのが見え、私は思わずゾクりとする。顎を上げ、門倉さんが中身を一気に煽る。琥珀色が口の中に消え、ガラスに照明が反射して光った。
ぺっ、と門倉さんがそのままガラスを吐き捨てる。パリーンと案の定の音。ちょっと門倉さぁん! と恨みごとを言いながら塵取り片手に慌てて駆け付ける黒服。
門倉さんが、ニィ、と口角を上げた。
「ただこれで、理由が出来た」
焦点の合っていない梶くんの身体を門倉さんの腕が引き寄せる。
快感に溺れ、脱力しきった梶くんの身体に、門倉さんの剛直が根元まで一気に押し込まれた。
「……~~ッ!! オ゛ッ♡♡♡」
梶くんの目がカッと見開かれる。金魚のように口をパクパクと動かし、全身を硬直させる梶くんを見て、門倉さんのソレが彼の入ってはいけない所にまで到達したのだと察した。
梶くんの手が性具と化した尻尾を握りしめ、そのまま力が抜けなくなったものだから、彼の手首に尻尾から絞りだされた体液が垂れていく。過分な水分。あれが全て梶くんの先走りだというのだから思わず嘲笑してしまう。いやらしい。はしたない。とんだ好き者だ。あんな卑しい子、強い生き物の玩具にされて当然なのだと思った。
「ははっ!」門倉さんが高笑いした。これから楽しいことが始まるのだと言わんばかりに、門倉さんが梶くんの身体をぎゅぅう! と強く抱き締める。
「かじ、愛しとるよ。死なんでね」
門倉さんが耳元で愛を囁いていた。
そうして返事を待つこともなく、今までで一番激しいピストンが始まった。
「~!♡♡ ア゛ッオ゛おっおっ!!♡ ほ、おっっお゛っ! おアッ……オんんっ~♡゛ォんぉ~ンぁぁ、ぅほっッンッ! んんっおっォ!゛゛ ンンおっァあん……ッァあイッひっんぉ!!」
梶くんから汚い声が出る。理性も何もない本能的な響きは獣のようだった。彼の体がずっと痙攣していて、性器からは僅かに白濁した液が漏れている。先走りではなく精液らしい。今まで散々先端だけを弄り、射精出来ずにいた梶くんの身体は、今度も腸の奥の奥を突かれてマトモな射精を出来ないでいるようだった。
溜め込んだ精液が、まるで緩んだ蛇口のような性器からダラダラ垂れ流れている。あんな体にされてしまって彼は今後男性として本当に役に立つのだろうか。立たないのかもしれない。まだまだ若そうな青年だが、不憫なことだ。
「イッオ゛♡♡……ぁ!♡ ぁふっおっおっ゛! ァぁ♡゛! んほっ! おほっ、ッあァンンン゛ッ゛! んぉ、ァあお゛っ♡♡……!! アッあっ、! ひっおっォ、ッ! んぉ゛! オんン゛っ! ぉお゛っ!!!♡」
「あ゛ー気持ちいい。やっぱなァ、全部入るとたまらんわ。梶が頑張ってくれとるおかげやね。ええ子やねぇ梶。もっと突いてあげようね」
「オ゛っ♡!! ほお゛っ、おっおッ゛! っおッ、ァあオ゛♡ンッん゛ん゛♡! んあァッァぁ♡♡ほっ~ッ、! い゛っ♡ぁォ、ンひっ♡おっおっんぉ! ゛゛♡♡ ンン……ッア゛んンっ゛゛♡♡!!」
門倉さんがめちゃくちゃに腰を振る。手加減がなくなった動きはもはや暴力で、梶くんが乗りかかっている机は今にも壊れそうだった。
門倉さんの体躯に対してあまりにも頼りない梶くんの身体が好き勝手穿たれている。太ももには門倉さんの手形がくっきりとついており、肉同士がぶつかるせいか、梶くんの尻たぶは叩かれたかのように赤くなっていた。
ばちゅん! ばちゅん! と肉同士がぶつかる音が絶え間なく聞こえる。門倉さんの息もいよいよ上がってきていて、額には艶やかな黒髪が一筋張り付いていた。隙ひとつ無かったロングスーツの出で立ちにも、首筋に汗が伝い落ちていくなど、多少の乱れが目立ってくる。あられもない姿で善がる梶くんを思えば些細な変化だったが、今まで涼しい顔でいた門倉さんが、ようやっと欲に呑まれそうになっていた。
「ンあんんぉォオ゛~!♡♡♡ ほっんん゛っ♡♡ イッ♡オ゛ア……ぁ゛!! ♡っ♡おっア♡♡! ゛お゛っ、んぉああ゛♡♡おァあッおっおっ゛んっおっぁぁあァんッ、~ッ♡♡、ンッほ゛ぁ、゛オ゛♡♡」
梶くんの視点が上を向いたまま戻らなくなる。舌をピン、と外に突き出し、いわゆるアヘ顔になった梶くんを門倉さんが上機嫌に見下ろしていた。
「ははっ! 白目剥いとる! そんなに良いんかエロガキ! なぁ! 他人様の前でちんぽにぶち抜かれて白目剥いて! その歳で結腸でイっとんのか! 随分躾けられたガキじゃのぅ、誰に仕込まれた? おぉ!?」
「ォ゛っ……かっ、かどくらさっ……~~!?!?♡♡♡ おっッァあ!! オ゛ッ♡ンんぉあァッァぁ!!♡♡ イッ゛ぁ……ぁ、゛♡♡ォ……ンひっおっおっんぉ!♡♡゛ンン……ッア゛んんっ!! !」
「あぁそうか、ワシか! あっはっはっ! そうやったねぇ! 門倉さんがなんも知らんかった梶にやらしいこと全部叩き込んだんじゃねぇ!」
「ンンン゛おっッ! ッオ゛ふっ~ぁ♡♡~ッ! おっ、ぁ!! ァ♡♡ア゛ア゛ぁ!!!♡♡♡」
久しぶりに人間の言葉を喋ったかと思えば、機嫌が良くなった門倉さんが梶くんを抱き寄せ、一層ピストンの速度を速めるので梶くんはまた獣に戻る。布面積は少ないとはいえ、これだけ激しい運動をすれば熱くて仕方ないのだろう。梶くんの身体には玉の汗が浮かび、ラバースーツの隙間からはむわ、と熱気が立っていた。梶くんの髪は汗でししどに濡れ、揺さぶられるたびに周囲に汗が飛び散っている。彼の身体にはもう濡れていない箇所が無かった。
「おっァあッ、ンン♡♡ んんっ!!♡♡ イッぁオ゛ン゛♡ んぉんあァンッ!」
「あ゛―イく、イきそう。浅いとこに出してあげたほうが優しいけど、ぐっちゃぐちゃにした梶の奥んとこ、ぶちまけたら気持ち良さそうやねぇ」
「ぁン゛ッ、……っひぐっ! だ、だしてぇええっ!!! おくっ、ぼくの奥に!! かどくらしゃんっ!」
「いいの奥に出して? お腹苦しい苦しいってなるよ?」
「やだあ!! ! かどくらさんでいっぱいになんなきゃやだ!! おねがいだして! ッ、アぉ、オお゛お゛!♡、ぼ、ぼくのなかっ!! ぜんぶかどくらさんのにして!!♡♡♡」
「ふふっ。そう。じゃ、お言葉に甘えて」
外に放り出されていた腕が、門倉さんの方へと懸命に伸ばされていた。その腕を掴み、机に縫い付け、門倉さんがスパートをかける。最後くらい梶くんに応えてやっても良いのにと思ったが、梶くんを門倉さんが抱きしめれば、自然と私の視界に映る情報は減る。余裕が立ち消えてもなお、あくまで門倉さんはショーとしてのセックスを優先していた。
「ンあん゛ぉォオ♡♡♡~~~ッ!!!♡♡♡♡♡」
「……っ、ン、ぐっ……!」
門倉さんの喉が仰け反る。悩まし気に眉間を寄せ、門倉さんが下唇を噛んだ。
「───っ、ぅ」
門倉さんが腰の動きを止め、根元まで梶くんに埋まったまま腰を震わせる。射精していた。堂々と気高く肉食然としていた強い人間が、自分の前で種付け行為を行っている。なんだか妙な気分だった。
「アぁ、ひっ♡゛おっんっ~!! ♡♡あんッァアアああ゛♡♡♡!!」
間髪入れずに梶くんも絶頂に達する。精液が注がれている感触があるのか、ド派手にイった後は「ほぁ……あ…あふ……♡」と安堵するかのように緩く目を閉じていた。
ピクピクと小さな痙攣を繰り返しながら、梶くんは門倉さんの精液を最後の一滴まで搾り取ろうとするように、何度も穴を伸縮させて精液を飲み干していく。門倉さんが最後に二,三回腰をぶるりと震わせ、ゆっくりと梶くんから体を引た。ぬぽ、と杭を抜かれた梶くんの中に、真っ赤に熟れた肉と混じって白い精液がたっぷりと溜まっていた。
「よー出たわ」
「は、ぅ……ぁ、……かどくらしゃん、ちゅぅ………」
「ん? ダメって言われとるじゃろ。終わったらね」
達成感に満ち溢れた門倉さんに対して、梶くんは夢見心地な表情で、再びゆるゆると門倉さんに手を伸ばしていく。時折快楽の余韻があるのか甘い声を漏らしながら、梶くんが舌足らずな声で「ちゅぅしたい、ちゅうして」と唇を尖らせて門倉さんにおねだりをしていた。
そういえば、だが。思い返してみれば、私は彼らと出会ってから一度も彼らが唇同士を重ねている姿を見ていない。恋人なら至極基本的な仕草であるはずなのに、仲の良さは伝わってくるにも関わらず、行為中の二人はキスを交わすことをせず───というより、むしろ意識的に、唇だけをあえて避けていた気がする。
「ダメなんです、口は?」
つい私はたずねてしまう。おそらくは野暮な質問だったが、門倉さんはさして気にすることもなく「まぁね」と回答した。
「狼の口が怖くない兎は居らんじゃろ?」
嫌だ嫌だと駄々をこねる梶くんを宥め、射精の直後だというのに既に平常時に戻っている門倉さんが言った。はぁなるほど、ここでも狼と兎の設定は活かされるわけか。
「そういう設定なんですね。で、実際は?」
「別の男とキスしとった口にしゃぶられたくないって客多いんよ。他の男に掘られとる姿は嬉々として見るくせにね。よぉ分からんわ」
「えっ?」
返ってきた言葉に私は思わず目を白黒させる。そんな訳はないと思いつつ、私は恐る恐る門倉さんに質問を重ねた「あの、今の言い方だと、まるで梶くんはこれから客を取るように聞こえるんですが……」
「あ? そらそうじゃろ」
何を今更、といった口調だった。平然と言葉を返す門倉さんに、一方の私は驚愕を隠さずに表に出す。そんな馬鹿な。ここまで散々責め抜かれて、今だって梶くんは絶頂が抜けきらず息も絶え絶えだ。どこもかしこも限界を訴えているこの若いバニーボーイに、これ以上店は無体を強いるというのだろうか?
「むしろなんで終わりやと思う? ここはバニーボーイが客にその身体を提供する店で、今のセックスも、おどれを楽しませるために梶は抱かれたに過ぎん」
未だに痙攣している梶くんを抱き上げ、門倉さんが梶くんを机に膝立ちにさせる。アナルからだらだらと精液を滴らせている梶くんの顔を掴み、門倉さんが梶くんの視線を無理やり私に向けた。
「兎はみんなの食糧。糧になるために生きとるんやから」
にかっと快活ささえ感じる笑みを浮かべ、門倉さんが梶くんに頬ずりする。二の句が継げない私を余所に、梶くんは隣に門倉さんの顔があって嬉しいのだろう、顔を動かして門倉さんの顎に唇を押し当てていた。
「あーもう。梶、言うこと聞きんさい」
「門倉さんキスしましょ。したい。ねぇ、ねぇ」
「だーめ」
「一回だけでいいんです。お願いだから。そしたら僕…ぼく、がんばります。がんばれるから……!」
あっ、と思った拍子だった。梶くんの目から一粒、大きな涙の塊がポロンとこぼれていく。
おそらくは緊張の糸が切れたとか、中で達しすぎた弊害で精神的に揺らいでしまったとか、その手の原因があったのだろう。今まで快楽の涙を流すだけだった梶くんが、ここに来て頑張りの限界を迎えてしまっていた。客の目の前で見た目も心もぐちゃぐちゃな若い男の子が泣き始める。一度零れ始めてしまった涙はもう止まることが出来ないようで、梶くんはそこから、何度目を拭っても一向に泣き止めないでいた。
「うぅ、う゛ー……」
「ちょ、えー……梶なんで泣くん……客困るよそんなん見せられたら……」
門倉さんが困惑した顔で梶くんを見る。反射的になのか梶くんの身体をすっぽりと抱きかかえ、コートに涙や精液が着くのも構わずに、門倉さんが梶くんの背中を柔らかい手つきで撫でていた。
「ごめんなさい……でも、とま、止まんなくて……!」
「ちょっと今日頑張りすぎちゃった? えっちが終わってホッとしたんかもね。でも泣き止まないかんよ。梶はまだお仕事するんやからね」
「ぅ……、うぅ……!」
「おう、なんでもっと泣くん? あ? 今日そんなに長く仕事したいんか?」
「ひっ…! す、すいませ……っ!」
「いやいや……いやいやいや待ってくださいよ!!!」
思わずだった。
とんでもない展開になろうとしている世界に、思わず私の口からは、反射的に『待った』が飛び出していた。
「あ? 何じゃい、おどれ」
「も、もう良いでしょ! そんなに限界って訴えてるんですよ!? これ以上は本当に精神がイカれてしまう!」
異常なほどスパルタな門倉さんの態度にも、見るからにボロボロなのに反抗しない梶くんにも、私の脳みそはどうにも追いつくことが出来なかった。おかしい。だって二人はあんなに仲が良さそうだったではないか。本来ならキスを交わして甘い言葉を掛け合って、そういった普通の恋人として、この二人は振舞うべきでは無いのか。いや、ていうか、少なくとも梶くんはそういう甘い雰囲気を望んでいるはずだ。門倉さんとキスがしたいはずだ。なのにここから客を取れだなんて、そんなの───そんなのっていくら借金がある身でもあんまりだ!
気付けば私は財布を開き、中にあった紙幣をありったけと、手持ちのカード全てを机の上に並べていた。
梶くんが涙に濡れた目でキョトンと私を見て、門倉さんは「おっ?」と弾んだ声を上げる。近くを通った黒服が目敏く「オプションですかお客様っ」と私に声をかけるので、私は机に並べた資金の類を指差し、黒服に早口でまくし立てた。
「金! 金ならいくらでも払います! あの、梶くんをですね! 今日はラストまで買い上げでお願いします! ただ私はこの後すぐ退店しますので! 私が居なくなった後は、梶くんのしたいようにしてあげてください!」
あと最後にトイレの場所は教えてほしいです!
ヤケクソになった私はテントを張りっぱなしの下半身を指差して黒服に言う。ポカーンとした視線が周囲から私に降り注ぎ、私は今生一番の情けない注目の的を経験した。
「………ぷふっ」
沈黙に落ちる気の抜けた笑い声。
黒服や梶くんより一拍早く正気を取り戻した門倉さんが、堪え切れなくなったように噴き出し、私を見ていた。
「おどれ本当にお人好しやね。結局なーんのうまみもそっちには無いけど、いいの?」
梶くんを膝に下ろし、門倉さんがスーツの裾で梶くんの下半身を覆う。『いいの?』と聞いている割に、行動の節々には既に彼の独占欲が滲んでいた。私の発言を聞き、今晩はもう自分が梶くんを手放さなくて良いと悟ったのだろう。占有が分かった途端、門倉さんの身体は無意識かもしれないが、梶くんを囲い込もうとしていた。
今までの傍若無人な態度は何だったのか。梶くんを抱きかかえてヒシと抱きしめて、目の前の門倉さんは随分と正直な人である。ただ、門倉さんの反応に『そりゃそうか』とも思う。どうも門倉さんという人物は役どころも人柄も正しく狼のようだが、実際の狼という生き物も確か、パートナーに一途な愛情深い生き物だったはずなのだ。
「いやだって、キスしたいって泣いてるんですよ? 可哀相じゃないですかそんなの」
「そういう作戦かもよ? 梶の。可愛い顔してちゃっかりしたとこあるからねぇコイツは」
門倉さんが梶くんに頬ずりする。
はぁそうですか。そんな所も貴方は梶くんの可愛いところだと思っているんですね。
「良いでしょそれならそれで。まんまと金は巻き上げられたんだから」
「まぁね。じゃぁ、ご厚意に預かるわ。ありがとね。あ、トイレそこの通路入った右」
門倉さんが素っ気なく言う。思ったより感謝されないな、と恩着せがましいことを思う私に反して、門倉さんは状況が飲み込めていない梶くんに一転、蕩けそうな柔らかい声で話しかけていた。
「かじ、あのお客さん金払ってくれたよ。ワシらちゅーしてええって」
あえ? と梶くんが素っ頓狂な声を上げている。ふふ、と門倉さんが邪気の無い笑い方をして、梶くんの口に顔を寄せていった。門倉さんが梶くんを抱き締め、梶くんの表情は見えないが、彼の手がしっかりと門倉さんの首に回る様を見届ける。二人のいちゃつく姿が見たい。しかし私の下半身はもう限界も限界である。現金袋としての仕事を果たした私は、次には下半身の処理が最優先だった。
「たくさん意地悪言ってごめんね」
視界の端で門倉さんが梶くんに謝っている。二人が仲直り出来るんなら良いか、と何となく晴れやかな気持ちで、私はずんぐりと重い下半身を引きずり、トイレまでの道をポツポツ歩き始めるのだった。