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 そりゃもちろん梶は斑目貘が嫌いなわけではない。『貘さん』は情に厚くてユーモアがある上に顔が大変良く、あえて欠点を上げるとするなら、度を越えたギャンブル癖が常人には受け入れられないだろうと思うくらいだ。しかもそのギャンブル癖だって、同じくギャンブラーである梶隆臣にはさして短所にならない。いよいよ彼を拒絶する理由が無く、「付き合ってほしい」と言われたんなら「いいですよ」で返しても良かった気がする。
 そうは問屋が卸さなかった理由は、普通に梶が二日後フロイド・リーと海外渡航するからだった。一応秘密裏な活動なので誰にも詳細を話すことは出来ないが、手狭なアジトに缶詰めになり、梶は最短でも一か月はフロイドと二人きりで潜伏する予定である。
 フロイドとの仲は良好だがあくまで知人友人の範囲内での絆だし、一か月相手の気配を感じながら過ごしたとしても、梶には特にロマンスが生まれない確信があった。
 しかし一応恋人が出来たのなら、交際二日後から別の男と一か月同棲はいくらなんでもちょっと外聞が悪すぎる。同性だから問題にならないとか、国際指名手配犯を恋人にするのはリスキーすぎるとか、普通だったら説得力になりそうな理由が、斑目貘相手には軒並み通用しないことも痛手だった。だって斑目はそれこそ梶と同じ性別だし、国際指名手配犯ではないが、国際指名手配犯でない理由は『彼を指名手配出来るほど力のある機関が世界に無いから』だ。余計に質が悪い。
 
 “気持ちは嬉しいけど、付き合った直後に不誠実ムーブすることになるからなんかイヤです”
 
 詳しいことが言えないだけで、梶の背景にある断りの理由はとてもシンプルだった。
 恨むべくはタイミングだ。なんでよりにもよって今日なのか、特に何かの記念日でも印象的なイベントあったわけでもなく、斑目はいつも通りの日常の中で梶に告白した。いつも通りのスーツと、いつも通りの髪型。先ほどまで一緒に食べていた昼ご飯の量だって、特に代わり映えせずいつもと同じラーメンに半チャーハンだった。
 今日が始まった段階で、あるいは昨日までの何気ない生活の中で、貘さんの異変に気付けていたら良かったのに────。斑目貘の芝居上手に改めて舌を巻きつつ、梶は拳を軽く握りこむと、斑目に向き合った。
 
「すいません。なんで断るとかは言えません、言えないんすけど……今はちょっと、無理なんです。ごめんなさい」
 
 謝罪を口にしながら同時に頭も下げる。白い床をジッと睨みつけ、梶は斑目の声で「梶ちゃん、顔を上げてよ」と制止がかかるのを待った。
 せっかく告白してくれた斑目には申し訳ないが、時期の悪さは誰にも責められるものではない。一度断って事情を説明し、その上でまだ好きだと言ってくれるのなら、その時は喜んで応えよう。
 梶は下げている顔にこっそりと笑顔を作り、現時点で斑目に話せる事情はいくつあるだろうと脳内で整理を始めた。
 上手いこと仕事を早めに切り上げて、実は告白された時こんなことがあったからオッケー出来なかったんですよぉ、と早くネタ晴らしをしてしまいたい。既に仕事が終わる瞬間のことを考えている梶は、今か今かと斑目からの反応を待った。
 が、一向に斑目から梶へ声がかからない。
 
「………えぇっと、貘さん?」
 
 おかしい。あまりに沈黙が長すぎる。
 不思議に思った梶は、おそるおそる顔を上げ斑目を見た。
 白い悪魔と揶揄される斑目が、本当に燃え尽きた灰のような顔をして呆然と突っ立っている。ポケットにラフに突っ込まれていたはずの手は外に投げ出され、告白のさい柔らかく緩んでいたはずの口元は、ぽかーんと大きく開いて口内がウロのように真っ黒だった。
 
「────え?」
 
 斑目がようやく、たった一音声を出す。硬直した表情のまま彼は続けざまに「え? え?」と呟き、困惑している梶にギギギ、と油が差されていない扉のようなぎこちない動きで視線を向けた。
 ちゃんと目線が合ってみると、斑目の瞳が信じられないくらい激しく眼振を起こしていることが分かった。梶は焦って「え?」と斑目に尋ね、斑目は梶が声を発したので、そちらに驚いたのか「え? え?」と言う。「え?」「え?」「え?」「え?」とショートカットしても全く問題無さそうな不毛なやり取りが何往復も交わされ、最後には斑目が「え? は? え? ん? ん?」と少々変則的な声を上げたので、ようやく梶も「え?」のループから抜け出すことが出来た。
 
 
「ちょ、ちょっと。あの、え? どうしたんスか貘さん」
「いやいや、え? いやいやいや。どうしたって何? どうしたんすかは俺の台詞じゃない?」
 
 斑目がブンブンと頭を大きく振る。ようやく彼も日本語の文法を取り戻したようだが、依然として頭の中は混乱中なようだった。
 
「えーちょっと待って、一回整理しよ」斑目が片手を上げる。
「はい」
「俺いま、告ったよね? 梶ちゃんに」
「はい」
「で、梶ちゃんはオッケーしたと」
「いやしてないですけど」
「え?」
「いやいや、してないでしょ。聞いてましたよね? 無理って言ったじゃないですか」
「聞き間違いかと思って」
「なんスかその聞き間違い」
 
 何を言い出したんだろうこの人。思わず梶の口調が淡白なものになり、それに比例して斑目の表情は混沌と絶望で如何ともしがたい色を滲ませ始める。
 
「だっておかしいでしょ」
「おかしいことは無いでしょ。いや貘さんがフラれて当然って意味じゃないけど」
「だって梶ちゃん、俺のこと好きでしょ?」
「まぁはい、好きっすね」
 
 嘘を言う必要もないので正直に答える。斑目の顔が一層しっちゃかめっちゃかした。
 
「だよねぇ?」
「はい。大好きです」
「うん、だよね。俺も好き」
「はぁ」
「そんなわけだからさ。うん。じゃぁ今日から改めて宜しく!」
「違う違う違う! 貘さん待って! 一回立ち止まりましょう!」
 
 強制もいいとこ過ぎる。突然ぱぁっと晴れやかな顔で手を差し出してきた斑目を拒否し、梶は斑目の手を叩き落とすと、「もう一回整理しますよ!?」と場を仕切り始めた。
 
「良いですか? まずですけど、僕はまぁ貘さんのこと好きです。勿論ね? 尊敬してるし付き合うとかも全然視野に入れた意味で好きではあります。ここまでは良いですか?」
「うん、幸せにする」
「待てって。で、貘さんも僕が好きな訳ですよ」
「そう。だから早く両想いだったってハルに連絡したい」
「それより先に『フラれた』って伝えるべきですよね? 良いから聞いて」
「はい」
「僕らは確かに両想いなわけです。でも僕はいま、貘さんの告白を断った」
「ダウト」
「無いんすよダウトなんて。ちょっともう、話の腰折られ過ぎて全然前に進めないじゃないですか。つぎ会話の腰を折ったら『そういうとこが嫌なんすよ』って怒りますからね? ほんと一回黙っててください」
「はい」
 
 叩き落とされた手をさすりさすり、斑目が悲壮感を全身から垂れ流して下を向く。断っておいてなんだが、あまりに気落ちする斑目の姿に流石の梶も胸が痛くなってきた。梶は話している内に段々と強くなっていた語気を反省し、深呼吸を一つ、言葉を選んで慎重に話し出す。
 
「僕らの好きがそんなに違うかって言ったら、実際はそこまで違わないと思うんです。ぶっちゃけ貘さんのことをそういう目で一度も見たことがないとは言えないし、貘さんは格好いいし、やっぱり性格も僕はすごく好きだと思う。僕にとって貘さんって、尊敬するところと呆れるところが拮抗してて、でも軽蔑するような気持になったことは一度も無いんですよ。別に失望とか、ガッカリって感情は一度相手に抱いちゃってもいつか挽回出来ると思うんです。でも軽蔑は、わりと一生傷が残ると思うし本当に分かり合えない溝になると思う。一緒に生活してこんなに長く過ごして、そういうのが無いっていう時点で、僕らは相当相性が良いんだと思います。いや、相性がいいっていうか、貘さんが僕に合ってる。貘さんとなら、僕も上手くやっていける気がします。今までもそうだったし、今後もずっと、貘さんとの人生って楽しいだろうなって」
 
 斑目がぽやんとした顔で梶を見つめ、口を意味もなくぱくぱくさせた。梶が発した言葉一つ一つを咀嚼すように受け止め、少しだけ顔に生気が戻ってきた斑目は、「……そっか」と感慨深そうに感想を漏らす。
 想定していた以上に克明に斑目への想いを語ってしまったわけだが、気恥ずかしいと思いつつ、梶の中には一種の爽快感のようなものが芽生えていた。秘めていた恋心なんて重々しいものではなかったが、梶は告白されるまでは恋愛的な意味で斑目貘に目を向けず、あえて感情を腹の底に溜め込んだままだったように思う。
 同居して常に家族より近い距離にいたから言わなくても良かった、という面もあった。一歩踏み込まなくても妥協できる関係に既に斑目と梶は居て、関係が壊れるよりこのままズルズルと続いていった方が何かと楽なことは目に見えていた。そう思うと、ぬるま湯のようだった環境から抜け出し、きちんと次のステージを提案してきた斑目はひどく誠実である。梶は目元を細め、自分の一挙一動でわちゃわちゃモダモダしていた斑目を見つめた。斑目貘は善い人だ。善い人だと思うからこそ、中途半端な状態でオーケーするくらいなら今はスッパリと振っておいてしまいたかった。
 
「そんな状態でね、僕は貘さんをフッたわけですよ」
 
 梶は晴れやかな表情で言う。斑目の眉間が盛大に寄り、口はムッと不本意そうに尖っていた。
 
「ねぇ何で俺失恋したの?」
「なんでだと思います? けっこー分かりやすいじゃないですか」
「絶望ってこと?」
「何でですか。なんか事情があると思うでしょ普通」
「思わねぇって! 絶望しかない!」
 
 斑目が頭を抱えて地面にしゃがみ込む。普段の逆境を楽しみ、絶望の淵に立たされてこそ鼻血を垂らして喜んでいる彼はどこに行ったんだろう。ブルブルと頭を勢いよく振った斑目は、うっすら涙の膜が張った目で梶を睨みつけて吠えた。
 
「じゃぁその事情って、なに!?」
「それはまぁ、言えませんけど」
「なんで言えないの! 俺のことを梶ちゃんは振ったんだよ!? 振るからにはそれ相当の説明がないと納得出来るわけ無いでしょ! 梶ちゃんアレなんじゃないの、どうせ告白を断ったの初めてってやつ! 今まで人を振ったこと無いんでしょ! 分かっちゃうんだよなぁ俺そういうの感覚的にさぁ!」
 
 マナーがなってないよマナーが! と斑目が喚き散らす。失うものなど何もないと開き直ったのか、斑目は困惑のフェーズから食い下がりのフェーズへと移行していた。さっきまでのしおらしさは何処へやら、尊大な態度で斑目は床に胡坐をかく。
 確かに梶は人を袖にすることに慣れていないが、じゃぁ言わせてもらうが、だったら斑目のこの態度だってフラれた側のマナーに則っているだろうか。好意を無下にする言動は善人であれば善人であるほど心苦しく思い、振るほうがフラれるよりも辛い、と世の恋愛上級者が口にするくらいだ。大体、自他ともに認めるギャンブル狂の斑目が、そもそも何人もの相手に心を砕いたりするだろうか? 斑目が他人に告白している光景がまずもって予想できず、梶は内心で『アンタだって多分フラれ慣れてないだろ』と斑目に突っ込んだ。
 
「とにかく俺、こんなんじゃ引き下がれない! まだフられたなんて思えないよ!」
「往生際悪いなぁ! 諦めてくださいよ! あんたフラれたんすよ!」
「やだ!」
「失恋したんです!」
「してない!」
「勘弁してくださいよ何処に寄稿してると思ってるんですかコレ!」
「逆になんでこの話来年まで引っ張れなかったわけ!? 来年はオンリーじゃん! 俺そこまで粘ったら絶対成就してたじゃん!」
「知らないっすよその時にはその時の話があるんじゃないですか!? 来期は来期の風が吹くでしょ!」
 
 聞くに堪えないディスカッションが延々と繰り返される。メタ発言に次ぐメタ発言で大変申し訳ないが、こっちだって寄稿も二作目なので言いたいことは様々溜まっているのである。何卒ご容赦いただきたい。あ、貘梶オンリー開催おめでとうございます。閑話休題。
 
「事情を聞かなきゃ無理だって! 梶ちゃんを諦めるってさ、俺にとっては本当に、本当にデカくて難しいことなの! 君に振られたからって俺は君のこと嫌いになんないし、気色悪いとか思われたって、気色悪いって思われたままで良いから傍に居てほしいんだよ。今は無理って理由もよく分かんねぇし、じゃぁ何時になったらオッケーなのかも、それも不明瞭じゃん。逆に聞くよ? なんでさぁ、そんな軽いもんで俺が引くと思ってんの」
 
 斑目の青い目が、梶の中を見透かそうと目論んでいるようにギランと光った。その頑固で少し無神経な視線に、なんとなく梶は苛立ちを覚える。梶だけでなく同居人のマルコにも言えることだが、何かと傷を抱えた人間同士の共存なので、斑目家には『相手の内側に入り込みすぎない』というルールが暗黙的に敷かれていた。言いたいなら当人の口からきちんと話があるだろうし、話さないということは、それすなわち聞かれたくないということだ。心地よく救済でもあった斑目家の暗黙の了解が、関係性が変わることで簡単に踏み倒して良いルールになるのだとしたら、そんなの梶にとって不本意だった。
 
「……その事情ってのが、すごく言い難いものだったらどうするんですか?」
 
 視線を跳ね返すように、梶も青い瞳をジッとのぞき込む。
 明るい虹彩に梶の黒目が映り込み、斑目の瞳は陰が落ちたように全体が暗くなった。
 
「別に不幸自慢するつもりじゃないですけど、僕の人生ってあんまり恵まれてたって感じじゃないんです。だから、事情っていうのもすごく嫌な理由が上がるかもしれない。例えば貘さんが僕に触るのも嫌になるくらい汚いやつとか」
 
 梶はそこで言葉を切り、瞬きをして再び目を開く。「もしですよ? そんなの言われたら、貘さんどうするんですか」
 母親の彼氏でも継父でも義父でも実父でも、世の中には最も身近な大人が最も自分に加害的だったというケースは往々にしてある。梶がどうだったかという話をあえてこの場でするつもりはないが、言われた側の斑目は途中から瞬きを止め、簡潔な言葉で返答した。
 
「どうもしない」
 
 選択された語彙が適切かどうかも分からない。真意を掴み損ねた梶が「それは、どういう……?」と尋ねると、床に腰を下ろしている斑目はぺちぺちと周辺の床を叩き始めた。行動に意味は無いのだと思う。ただ考えを纏めている間の手遊びだろうが、その行動がかつて締め出された自宅の前で行っていた暇潰しに似ていたので、梶の胸がわずかにザワついた。
 
「そりゃ、言うときに梶ちゃんは辛いかもしんない。けどその辛い理由ってさぁ、そもそも梶ちゃんが気に病むことじゃないでしょ。もし仮に君の人生ってやつの中に俺を振る事情があるんだとしたら、それへの対処法は『見て向ぬふり』じゃなくて『治療』だ。トラウマを抱え続けるメリットなんて無いし、大体抱えてなきゃいけないもんでもないでしょ?」
 
 間もなく口から流れ出てきた論弁に梶は目を見張る。相変わらず考えが柔らかいというか、裏社会の人間が軽んじそうな問題を、斑目は真正面から真摯に捉えていた。
 梶が言った“例えば”なんて住む環境によっては前提条件になるほどありふれた話なのに、斑目は問題一つ一つを丁重に拾い上げ、まるで梶だけに降りかかった困難だったように『お疲れさま』を態度に表した。同情は好きではないし、薄っぺらい共感も相手のオナニーに付き合わされているようで虫唾が走る。斑目の姿勢も紙一重なところがあったが、梶は不思議と嫌ではなかった。何が違うんだろう。ちょっとした所作に思いやりの欠片が見えるからか、はたまた斑目の顔が良いから自然と好意的に受け止めることが出来るのか。
 うーん、と考えて、梶は『後者だな』と結論付けた。
 
「梶ちゃんが断っていいのは、俺に対して嫌悪があるときだけだ。“嫌い”以外の何かのために……身を引くのはさ、もう止めようよ」
「貘さん……」
 
 梶が感動したように呟く。穏やかな微笑を浮かべ、斑目は床から熱い眼差しを梶に向けた。
 
「梶ちゃん……」
「すいません、とはいえ断るんすけど」
「なんで!!」
 
 ふわふわ盛り上がっていた空気が一気に爆弾低気圧のような弾け方をした。斑目はもうすぐホメロスの叙事詩に謳われそうだった美しい横顔をこれでもかというほど崩し、床を両手でダン! と叩いて大袈裟に喚く。美形は何をしても美形だと梶は思っていたが、どうもそうとも限らないようだった。
 
「なんで!? えっゴメン、本当になんで!? 今の流れはイケる感じじゃなかった!?」
「ごめんなさい本っ当にすいません! 正直過去とかあんまり関係ないんです! 結構目下の事情が原因で振ってまして……!」
「えっなら何で一回思わせぶりなことしたの? 試し行為ってこと?」
「いや、なんかこう……サマになるかなって」
「見た目が良いかどうかで相手の気遣い無下にして良いと思ってるわけ!?」
「すいません」
「いいよ! 許す! 寛容な俺と付き合って!」
「無理っ」
「もぉお――ー!!」
 
 床でジタバタする斑目は最近スーパーでもあまり見かけなくなった幼児の駄々っこにとてもよく似ていた。白く細い髪が床を這いまわり、小さなゴミや梶の抜け毛を巻き込んで薄汚くなっている。「せっかく格好いい髪なのに台無しですよ」と梶は止めようとするが、斑目は両手足をバタつかせたまま「俺をダサくしたのは誰!?」と叫んだ。その通りだ。梶は床で大の字になっている斑目の隣に座り、ぶぅたれている斑目の頬をむにっと指でつついた。
 斑目はいきなり触れてきた梶に表情だけはどうにか不快感を滲ませるが、四肢の暴動は治まり、少し耳が赤くなっていた。チョロくて何よりである。
 
「いやあの、確かに詳細は話せないんですけど……もしかしたら、時間差で告白したら今度はオッケーかもしれませんよ? ねっ、貘さん。腐らずいきましょうよ」
「……腐らせてる側がさぁ、そういうこと言うのって一番罪だと思うけどね」
 
 のそのそと体を起き上げ、斑目がせめてもの抵抗とばかりに頭を振った。細かなゴミが周囲に落ち、斑目の純白スーツに所々ゴミが模様を作る。お屋敷を逃げ出したペルシャ猫が外で見つかったらこんな具合だろうと梶は思った。
 
「信じて良いの?」野良生活を経て荒んでしまったペルシャ猫が、人間不信気味な目を梶に向ける。
「まぁ、はい。貘さんのことを僕が嫌いなわけがないんで」
「じゃぁ良いよ。分かった。今日のところはフラれといてあげる。でも梶ちゃんが待っててって言ったこと、俺は一生忘れないかんね?」
「いや、待っててとまでは言ってませんけど……」
 
 斑目が恨めしそうにぎろんと梶を睨む。これ以上言えば再び床をローリングすることは目に見えていたので、梶は曖昧に苦笑を浮かべ、「いや、まぁ、ニュアンス的にはその通りでしたかね?」とその場しのぎに返した。