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side N
 
 
 なんやかんやあって南方は梶隆臣とデートをすることになった。なんやかんやと言っておけば、多分ここまで右往曲折あったのだろうと読み手が勝手に慮ってくれるので小説は便利である。

 南方はこめかみに手を当て、うーうーと唸り声をあげながら切間創一の執務室の中をぐるぐると歩き回った。

 途中に差し込まれた妨害の数々を思えば「よくぞここまで」とデートを取り付けた現時点で自分を褒めたくなる一方、あくまで自分はいまようやくスタート地点に立てただけであり、ここからの行動こそが南方及び梶の今後を決めていく。引き続き失敗が許されない中で、はてさて南方は梶をどこへ連れていき、彼と何をすれば良いのか。

 男同士で行きやすい場所や盛り上がるイベントは南方だって知っている。狙っている女を落とすための店や、気の利いたプレゼントにもいくつかアテはあった。
 しかし、狙っているのが男の場合、南方は『男』と『狙っている』のどちらに重きを置いた方がいいのか分からない。男だろうか? 梶は賑やかな場所が好きなようなので、例えば野球観戦なんかに連れて行ったらウケるだろうか。

「いやぁ……それはどうじゃろ」

 南方は自分で出した提案に首を振る。ある程度は盛り上がるだろうが、そこからいい雰囲気に移る可能性はなんとなく皆無な気がした。

 野郎共の応援といえば野太い声援とヤジがセットだし、その隙間にはビールが流し込まれ、どの娘からビール貰う~? おーあの子か確かに可愛いなぁ~など売り子の女の子を紳士的な目で見つめる行動が連鎖的に続く。
 デート中道行く相手につい視線を奪われるどころの騒ぎではなく、デート中に別の相手について論じるのだ。悪球すぎる。スリーアウト待ったナシだ。

 というか、大体にして梶には贔屓球団があるかもしれないし、それは我が愛しの広島カープではないかもしれない。
敵球団を応援する姿はさすがに耐え難く、とはいえ「僕全然野球のルールわかんなくてぇ」なんて言われた日には「日本男児がなんで野球のルールも知らんのじゃ? あ?」と千年の恋も覚めるかもしれなかった。
 どう転んでも上手く行くわけがない。南方はそっと案から野球デートを除外した。

 うーんうーんと尚も唸りながら執務室をぐるぐるしていると、いい加減飽き飽きしたらしい、ダンッと座っていた部屋の持ち主こと切間創一が机を叩いた。

「いい加減にしてくれないかな南方立会人。ここは君の駆け込み寺じゃないし、僕は懺悔を聞く神父でも患者の心に寄り添うカウンセラーでも無い。君の仕事は僕に書類を届けることと、判子の押された書類を持って再び部屋を去ることでしょ。もう渡すものは渡したんだから、さっさと出てって欲しいんだけど」

 にべもなく切り捨てる切間に、南方は眉を情けなく下げて「そう言わんでください御屋形様」と泣き言を垂れる。

「貴方しか頼りが居ないのです。私には門倉のように年の若い部下がおりませんし、同僚とも恥ずかしながらまだまだ壁が存在します。彼と年齢が近く、その上で賭郎の事情も知っている人物となると、御屋形様しか話せる方がいなくて…」
「別に僕も話せる相手じゃ無いと思うけどね」

 わざとらしく肩まで落としてみせたが、切間には通用しないらしい。悲痛な救援要請にも素っ気ない反応をし、黒い御屋形様はサッと長い足を組み替えた。

「僕は梶隆臣と親交が深いわけじゃないし、彼の思考回路もイマイチ理解出来ない。年齢が近いってだけで信頼するなら怪我をするのは君だよ」
「それでも良いんです! 私はそもそも、貴方や梶くらいの年頃の子が何を好んでいるか、その傾向さえ掴めていません。基準だけでも掴みたいんですよ。大体一回りも年下の男とどこ行ったらええんです? 映画? 買い物? 動物園なんぞに連れて行けと言われた日には子連れか引率の教師みたいになること請け合いですが、それでもええんでしょうか!?」
「知らないよ。動物園よりは水族館に行けば良いんじゃないの、デートっぽいし」

 切間はうんざりした顔でひらひらと手を振った。
 四十路の恋愛相談を黙って聞いてくれているだけ寛容だが、切間には南方の初デートを成功させてやろうだとか、知り合いたちの恋路をどうにか応援してやろうというは気持ちが微塵も無いらしい。
 聞くだけならタダなので好きなようにさせていたが、実際問題として切間側にも明確なデート案があるわけでは無いので、二人の会話は進退もないまま平行線を進んでいた。

「とりあえず最初はディナーに行くくらいにしたら。何だか当たり前のように一日単位で一緒にいようとしてるみたいだけど、普通にがっつきすぎだと思う。怖いよそれ」

 切間の意見に、途端、南方の顔がサッと青くなる。
 おっしゃる通りだった。何故か当たり前のように陽が出ている間から待ち合わせをしようと頭が動いていたが、それほど近しいわけでもない大人同士の初デートなんて、夜の数時間から始めるのが定石ではないか。

 いつもなら考えるまでもないポカに、南方は目元を手で覆い、気まずそうに唇を噛んだ。初めて恋をしたガキでもあるまいし、何をそんなに慌てているのだろう。

 南方は呻くように「ご迷惑をおかけしました」と切間に詫び、逃げるように執務室を後にした。

 本部の廊下を歩きながら、それでも自然と視線は床に落ちていく。一回りも上の男がデートごときにこれほど悩み途方に暮れていると知ったら、梶はどれだけ失望するだろう。
 あの大きな目が困惑で揺らぎ、いつも微笑を浮かべている優しい口元が引き気味に痙攣する姿を想像して、南方は壁に頭を打ち付けたくなった。
 謙遜でも馬鹿だの無能だのと自虐を垂れるつもりはないが、南方には自分が大事なところで爪が甘いという自覚がある。ある程度までは用意周到なのに、最後の最後が上手く締まらなかったり、格好の付かない終わり方を迎えることが多いのだ。それに加えて、自分は同郷の門倉のような、強烈に周囲を惹きつけるカリスマ性も薄い。
 能力的に劣っているとは思わないが、少なくとも自分は堅実や実直といった語で評価される類の人間であり、華やかさには欠けていた。今は年齢差に基づいて大人の余裕を見せつけることでどうにか保っている面子が、梶に近づけば近づくほど、ボロが剥がれて生身が露呈していくのではと怖かった。

「とりあえず飯……飯かぁ……美味い鯛飯を出してくれる料亭とか知っとるが、鯛って若い子にウケ良いんかぁ?」

 困り果てた南方が天を仰ぐ。連れて行きたい場所もしてほしい経験も山ほどあるのに、梶相手の最適解は何かという問に、南方はついぞ答えが出せないでいた。