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 著作権とかネットリテラシーがうんぬんかんぬんってことで詳細は省くが、某Fanzaの某週間ランキング四位に食い込んでいた某神ビデオのおかげで梶はポリネシアンセックスなる営み方法を知った。のべ五日間を擁するその秘め事は肉体的な快楽のみならず精神の結びつきをより強固にする心のコミュニケーション方法であり、マンネリを防止し、時にはパートナー間の愛情さえ取り戻す素晴らしいセックス方法らしい。
 梶は切間創一とそういう仲になってから久しいが、案外セックスレスの危機に晒されることもなく、何だかんだと予定をすり合わせては週一の頻度をしっかりと守り抜いてきた。切間は言葉足らずなところもあるが概ね正直な男だし、梶は面と向かって好きだとは言わないにせよ、「好きだよ」「あ、どうも。僕もです」とレスポンスを返すくらいは難なく出来る。
 わりかし二人の交際は順調だった。“だったら何処にマンネリの懸念があんねん”と関西人でなくとも思わず皆が突っ込みたくなるだろうが、実際そうである。別に二人にマンネリの懸念などは無い。ただ梶がポリネシアンセックスというものに興味を引かれ、気持ちよさそうだから僕も経験してみたいなーと思っただけのことだった。真剣に悩んでいる世の恋人たちには申し訳ないが、ギャンブラーの快楽至上主義など今に始まったことではない。
 そんなわけで早速梶は切間にポリネシアンセックスの提案をし、内容を聞くにつれ不思議そうに首を傾げる彼が「それって僕らに必要なの?」と尋ねた際にも、梶は微塵の申し訳無さも醸さずに「無いっすね! でも良いじゃないですか」と返した。

「だってこれ、AVの中で言ってたけど五日目のえっちが相当気持ち良いらしくて」
「AVの言うことは信じちゃダメって一般常識じゃないの? それに撮影なんて一日で済ますでしょ、五日間本当に費やしてるわけがない」
「や、それはそうですけど! でも他の人のブログとか見ても、確かに普通のえっちより“イイ”らしくて。そんなの聞いたら興味湧くじゃないですか」
「そう?」
「切間さんだってエロいこと追及するのは好きでしょ? 顔に似合わずムッツリタイプじゃないですか」
「僕は知的好奇心を刺激されることが好きなだけだよ」
「それをムッツリって言うんですよ」
 
 梶がすかさず訂正を挟めば、切間は特に動じるでもなく「そう?」と再び首を傾げる。知識の範囲や情報処理の差に違いはあるものの、結局のところ二人は似たタイプだった。知的好奇心に満ち溢れ、何事も身をもって経験したいという能動的な感覚を持ち合わせている。そしてエロいことは特に興味津々。健全な成人男性だ。
 最終的には梶があんなに嫌がっていた切間邸での同居を一週間分承諾したことで、切間は梶の案に乗った。そうと決まれば泊まり込みの準備も必要だし、ポリネシアンセックスに勤しむということは四日間の不完全燃焼が確定するということなので、おいそれと決めた当日から実行出来るわけもない。ポリネシアンセックスの同意がなされた梶と切間は、その流れでスケジュール帳を開き五日間連続的に時間が取れる日を調整した。梶は同居している斑目貘にホテルを一週間空ける旨を連絡し、切間は家の人間たちに一週間客人が泊まり込むことを伝える。周囲を巻き込んだ大がかりな計画を立てたあとは、二人して「せっかくだから今日もシておく?」「ですね」とラブホテルに雪崩れ込んだ。ポリネシアンセックスの計画を立てたカップルが、その三〇分後にベッドで汗まみれになっている。なんだかやってることがチグハグだった。
 
「僕ら別に本当にポリネシアンセックスが必要無いんですね」
 
 梶が笑うと、切間は梶の脚を抱え直しながら「だから、そう言ったでしょ」と唇を尖らせる。そうっすね、と梶は返して、押し寄せてくる切間の熱にしばしのお別れを告げた。
 
 
 
 
 ※※※
 
 
 さて。
 先述より四日ほど経過した夜である。本題は別の所にあるので時系列などはちゃっちゃか進めて参りましょう。

 切間の本宅は創一の自室にて、梶は言われるがまま家主のベッドに寝転んでいた。せっかくわざわざ専用の部屋を用意してもらったのに、梶は最初に荷物を置きに入ったくらいで、そこから全くゲストルームに寄り付かないまま今に至っている。どうやらかねてから切間に言われていた「いい加減貘さんじゃなくて僕と住みなよ。その心づもりはあるんだから」という台詞は冗談では無かったようだ。本宅に着いてからというもの切間は梶にべったりで、食事はおろか入浴さえ、切間は自分の部屋に備え付けてあるシャワーで済ませるよう梶に言った。
 どうも切間は、片時も離れるつもりがないらしい。たしかに入浴後は直ぐにポリネシアンセックスを開始する予定だったので合理的ではあるものの、ここまでくるとゲストルームとは何だったのか、というレベルだ。
 
(どうせ切間さんの部屋で過ごしてばっかりなら、僕の部屋なんて準備させなくても良かったのに)
 
 何かと貧乏くさい梶はそんなことを思う。それとも初日だから少し浮かれているだけで、明日になれば切間だって自分一人の時間を確保したがるんだろうか。『まぁ五日間もあるし初日くらいは』と思う一方で、なんとなく梶は、残りの日数も同じように過ぎていくような気がしてならなかった。
 着替えの用意はあったものの、梶はあえてシャワーのあと服を着なかった。タオルを腰に巻いた状態で浴室を出て、先にシャワーが終わっていた切間の姿をベッドに探す。切間はベッドの近くで、同じく腰にタオルを巻いて仁王立ちになっていた。二人でベッドにあがり、梶は申し訳程度にシーツで下半身を隠したが、切間は早速タオルを取り払って全裸になっている。
 ポリネシアンセックスは全日程を通して裸が義務付けられていた。最終日付近のスキンシップが過激になる段階で裸なのはまぁ理解できるが、初日に関しては大分特殊なルールが存在するので、全裸で向かい合う状況が梶にはむず痒かった。

 “ポリネシアンセックスの初日は接触不可。お互いを見つめ直し、会話を通してコミュニケーションを深めるべし”

 AVから教わった方式によると、ポリネシアンセックスの初日は会話に徹するだけの日だった。裸にはなるがスキンシップの類は一切禁止。ただ裸の相手を見つめ、愛の言葉を交わして甘いムードを楽しむらしい。
 なんで会話をするだけに裸になる必要があるのか梶には分からなかったし、『別にそんなの服を着たままでもやれるんじゃない?』という当然の疑問も梶の頭には浮かんでいた。しかしエロス広報部ことFanzaいわく、裸で会話をするから良いのだという。
 布は柔らかな壁であり、服を纏うことで人は知らず知らずの内に本音を服の下に隠してしまう。心の全てをさらけ出し、生まれたままの姿で相手に向き合うというのも、ポリネシアンセックスにおいては肝要らしかった。
 
「始めようか」
「は、はい」
「で、ここから何をすればいいの?」
「えぇっとですね……初日は相手を褒めたり、自分が好きな相手の部位を言い合うんだそうです。好きな部位……顔とか、筋肉とかそういうのになると思うんですけど。とにかくお互いに言い合って、自己肯定感をそれぞれ高め合うみたいですよ」
「そう」
 
 言っててなんだか恥ずかしい。梶は口元をもごもご動かし、気まずそうに視線を落とした。
 自分から発案したことなのに、いざ全裸の切間を前にすると、梶は若干逃げ出したい気持ちになった。こんなに長い時間相手の裸を見るのも、自分の素っ裸をただ切間に晒しているだけなのも初めてだ。普段だったら脱ぐか脱がないかの内に切間の愛撫が本格的になって訳が分からなくなるし、切間の体に縋りつくことはあっても、大抵縋りついてる間は梶がいっぱいいっぱいなので、切間の体がどうこうなんて考えを巡らせている余裕もなかった。
 完璧を絵にかいたような切間創一が服を脱いでも美しい男だということは勿論承知していたが、今日は肉体的な接触が禁止なので、梶はより一層切間の裸体にだけ注力してしまう。
 服の上からでは自分とさほど体格差の感じられない切間だが、脱ぐと引き締まった筋肉がババン! とお目見えして目が潰れそうになる。乳白色の肌に見事な凹凸が浮き上がった体は彫刻のようであり、くびれた腰に長い脚、薄い体毛と、全てが作り物のように無機質で美しいのに、下半身のある個所だけが生々しく赤黒かった。

「切間さんはまぁ……脱いでもやっぱ格好いいですよね」

 下半身の一部は見ないようにして、梶はそう思ったままを口にする。
 一度声に出してみると、褒めることにそう抵抗を覚えなくなった。梶は続けて切間の青みがかった目や高い鼻梁を「イケメンですよねぇ」と褒めそやし、綺麗な顔に完璧な体がくっ付いている事実も、今更こんな当たり前の事実に称賛が必要なのかと首を傾げつつ全部切間に伝えた。
 おそらく切間は、この世のありとあらゆる賛辞を生まれた瞬間からたらふく浴びてきただろう。梶からべた褒め攻撃を受けても切間はこれといって反応を示さず、ただ「顔が綺麗」と言われた時だけ、少しだけ自分の顔面を思い出すように視線を左上に投げた。

「……顔?」

 何とも言えない表情で切間は顎に手を当てる。

「なんですか。まさかイケメンの自覚が無いとか言うんです? 流石に嫌味ですよ」
「顔なんて隆臣と同じようなもんじゃない?」
「いや、全然違うでしょ」

 言わせないでほしい。梶は複雑な気持ちになった。

「僕と切間さんの顔とかパーツの個数が同じってだけでしょ。似てないっすよ全然。僕普通にパッとしない顔してるし」
「そうは思わないけどね。隆臣はけっこう良い顔をしてると思うよ。イケメンなほうじゃないの?」
「仮にそうだとしても、切間さんや貘さんを相手にしたら普通以下ですよ。相対的にブサイク」
「相対的ってなに。人の容姿なんて絶対評価でしょ」
「そうかもしれないですけど」
「少なくとも僕は好きだよ、隆臣の顔」

 梶が言い淀む。切間が他人の美醜に興味が無いことはとっくの昔に知っていたが、だからといって『顔が好き』という切間の発言にどんな意味合いが込められているかは分からなかった。
 切間にとって容姿の重要な点とは、個々の判別に顔のパーツが役立つかどうかだ。例えば鷲鼻や眼瞼下垂気味な目など、特徴性が高いほど切間は相手の顔立ちを好ましく思う傾向にある。それは定期的に記憶を失い、羅列された情報だけで再び人間関係を頭に叩き込んでいく切間にとってある種死活問題だった。
 切間の中で他人の顔とは、その人をその人たらしめる表面的要素の集合体でしかない。イケメンかどうかなどという曖昧な基準で議論すること自体、恐らく切間にはナンセンスだった。
 大体顔で言うなら、梶の顔は地味なパーツが多くて特徴的ともいえない。(いよいよ好きな訳が無いんだよなぁ)と遠い目をしている梶に、切間は何も気にしない風で「まぁ顔も良いけど」と前置きして言った。
 
「隆臣はどちらかというと、首から下のパーツが魅力的だよね。全体的に」
「く、首から下?」
「首から下」
 
 切間が頷く。今度は梶が顎を撫でさする番だった。
 たしかに賭郎に入ってから数々の死線を潜り抜けていく内に、梶は『このままだとフィジカルが原因で死ぬ』と確信して自然と体を鍛えるようになった。ガリガリだった体にはそれなりに筋肉がつき、手足は元からさほど短くも無かったので、今ではバランスの取れた人並みの体型になっていると思う。
 ただ、魅力的なんて言葉が相応しいほど素晴らしいかと聞かれると……正直よく分からなかった。及第点はあくまで及第点であり、ベターとベストでは雲泥の差がある。
 
「いやぁ僕こそ……言うほどの体型じゃないと思いますけどね。普通でしょ」

 自分の体を見下ろして梶が言う。前回付けられたらしいキスマークが首元に残っていて少し恥ずかしい。

「そう? でもほら、鎖骨とか綺麗に出てるし」
「さ、鎖骨? そうなんです?」
「うん。いつも齧りやすいよ」
 
 突然予想外の方向から誉め言葉が降ってきて、梶は思わず裏返った声を上げた。「齧りやすい!?」慌てて聞き返す梶に、切間は普通の顔をして「うん」と頷く。
 
「腰のところもね、隆臣は腰骨が外に張り出てるから掴みやすいんだよ。動かすときに便利」
「ちょっ……!」
「手首も細いから一纏めにしやすいし。足首も細いよね? 太ももに肉が無い代わりに脹脛は発達してるから、脚でホールドされた時とか、けっこう力が強いんだよね。ちょっと痛いけど、案外僕は嫌いじゃないよ。隆臣は臀部の肉も薄いから、後ろから腰をぐりぐり押されると奥までよく入る」
「ねぇちょっと切間さん!? それちょっ……なんか違くないです!?」
 
 何だかどんどん聞いちゃいられない角度に話が転がっていて、梶はつい悲鳴に近い声で切間を制止してしまった。
 なんと言ったら良いんだろう。とにかく、端的に梶の心境を表すとしたら『話が違う』という感じだった。思ってたのとなんか違う。ポリネシアンセックスが想定していた体を褒めるとは多分こういうことではない。
 切間は飄々とした雰囲気を崩さずにいたが、梶を褒めれば褒めるほど、心なしか肌が艶々と輝いていくように見えた。言ってるうちに楽しくなってきたのかもしれない。梶が慌てて制止をかけた後は、切間の顔には『してやったり』といったような文字が得意げに浮かんでいた。
 まずい、切間創一の悪戯心に火が点き始めている。
 もしや自分はとんでもない提案を切間にしてしまったんじゃないかと、今更ながら梶はポリネシアンセックスの断行を後悔した。徐々に危機感を覚え始めている梶の目の前で、切間は梶を頭から順に眺め、視線を落とすごとに満足げに微笑む。
 
「君の体は美味しい」
 
 麗しい表情に、蕩けるような甘い声が乗った。梶の心臓が跳ね、今まで頭の中に漂っていた危機感が現金にも一瞬で端に追いやられる。
 
「外も中も、味わうほど舌に馴染む感覚がある。食べ慣れるっていうのかな、実際に中毒性はあると思う」
「そんな食事みたいに……大体そんなの、切間さんが物好きなだけでしょ」
「そうかもね。でも僕が物好きだろうとなんだろうと、君が価値を見出されていることに変わりはないでしょ?」
 
 それにあながち、食べ物で間違いでもない。切間が淡々と言葉を並べてくる。梶はなんと反応するのが正解か分からず、ただ顔を伏せた。
 梶は胸が大きい訳でも、体が柔らかいわけでもない。男としては及第点の体でも、『抱かれる体』という土俵に立った時に自分の体が優れているとは、梶はどうしても思えなかった。
 あいにく梶は元がヘテロセクシャルなので、同性の体に興奮するとか、筋肉や髭はあればあるほど良いというゲイ界隈の文化にイマイチ乗り切れずにいる。個人的は今でも、梶は男の体より女の体の方が好きだった。AVの中で見る女優たちは思わず触りたくなるようなフワフワボディをしていて可愛い。手にしっとりと馴染むキメの細かい肌も揉んだら跳ね返ってくる肉の弾力も、梶の目には魅力的で、さぞ相手を喜ばせるだろうと思った。
 梶の思う『抱かれる体』の長所は、どれも梶の体には無いものだ。あぁいうのを抱き甲斐のある体だと言うなら自分は一つも該当していない。(切間さんは、そこら辺のことをどう思っているんだろう?)元から男が好きだった人間には見えないが。
 
「褒めるとこが少ないなら、無理して褒めなくて良いんすよ」

 梶が顔を伏せたまま言う。切間側の空気が少しピリついたように感じた。

「何の話?」不機嫌そうな声だ。
「いやなんか、肉とか骨とか、さっきから褒めてるところが微妙じゃないですか。無理やり褒められるところを探してるのかなって」
「そんなつもりは無いよ。単純に、僕は隆臣の容姿より身体の具合が好きってだけ。あれ? これって不純に聞こえる?」
「セリフだけだと体目当てっぽい」
「おかしいな。純愛のはずだけど」

 切間が首を傾げる。素っ裸で難しい顔をしている姿がおかしくて、梶は気まずさも忘れてくつくつと笑った。
 体の奥にぼんやりと欲の火が点く。そんな雰囲気なんて何一つ無かったのに、切間が可愛い表情を見せる瞬間が、梶はどうも弱かった。

「体目当てなんて思われたら心外だし。僕もここらで張り切って、君の見た目を褒め称えるとしよう」
「どうぞどうぞ。出来るなら」
「出来るよ。赤子の手をひねるより容易だ」

 およそ人の容姿を褒める時に飛び出す文言じゃない。ふむ、と顎に手を当てた切間は、忙しなく視線を動かして梶の容姿を観察し始めた。
 はたして傾国の美男子かつ、他人の美醜に毛ほどの興味もない切間創一に平々凡々な自分の容姿を賞賛することは出来るだろうか。好奇心と少しの意地悪が綯い交ぜになった目を切間に向けていた梶は、不意に宇宙を閉じ込めたような彼の瞳と合致してドキリとした。

「隆臣の髪の毛が好き。ふわふわ色んなところに好き勝手伸びてて、君らしいから」

 唐突に言われ、思わず梶は自分の頭に手を置いた。
 風呂上がりでワックスも使っていないため、髪はふわふわというより、もふもふと四方八方に膨れ上がっていた。トリミングのされていないトイプードルみたいだと思い、好き勝手伸びてるという表現は梶にもしっくり来る。

「悪かったですね、扱いにくい癖毛で」

 そんなつもりは無かったが、無意識に出た言葉はあまり可愛げのないものだった。切間は褒め言葉を捻くれた視点で受け止められ、ちょっと心外そうに眉を顰める。

「言わなかった? 僕は今君を賛美している途中だ。そのくせ毛は長所として挙げてる」
「でも実際、ワックスで言うこと聞かなくて大変ですもん」
「隆臣の髪って感じがするじゃない」
「どういう意味すか」
「そのままの意味だよ」

 切間の手が梶に伸びる。髪に触れようとしたところで、はたと『接触不可』のルールを思い出したらしい。切間が不満げに顔を曇らせ、パタンと手をシーツに落とした。「触らないって、やっぱり難しいね」切間が言う。日頃完璧が服を着て歩いている切間創一の口から『難しい』という言葉が零れるのを、梶はぼんやりと見つめた。

「眉の形もね、隆臣は良いと思う。意思が強そうで凛々しい」
「はぁ」
「目はタレ目だよね。人相学的に、垂れ目は人に信用されやすい形だと言われているよ」
「どうも」
「君くらい目尻が下に下がってると逆に舐められると思うけどね。まぁ、良いんじゃない。君は人を馬鹿にする狡猾な人間より、馬鹿にされてる善良な人間の方が似合ってる」

 さらさらと流れる切間の言葉は、時々引っ掛かりを感じるものの、それさえ梶の耳には心地よく響いていった。
 切間の褒めてんだか貶してんだか分からない言葉の数々は、裏を返せば梶にとっての長所も短所もひっくるめて、切間にとっては好ましい点であることの証明だった。梶は自分が完璧な人間だとは思ってないし、実際本物の完璧である切間創一を前にするとその感覚は確信に変わる。自分は不完全だ。その不完全を正しく把握した上で、切間は自分を好きだと言う。切間の考えていることはよく分からないが、自分の不完全のどれかが切間のツボにハマったのなら悪い気はしなかった。

「あと、隆臣の首も好きだよ。いや、首というか、喉仏かな」
「喉仏ぇ?」

 梶が目を白黒させる。今まで他人に褒められたことのない部位だった。あんまりに触れられてきたことのない部位なので、梶も自分の喉仏がどんなものなのか、パッと脳内で再現が出来ない。
 とりあえずで喉元を触ってみると、山脈のように尖った突起に手が当たった。(何だろう、喉仏の角度がセクシーとか言われるのかな?)全く想像できない褒め要素にドキドキしながら待っていると、切間は真剣な顔をして「骨が大きいから齧りやすい」と言う。
 たしかさっきも、同じような理由で鎖骨を褒められなかっただろうか。バリエーションの無さだとか、齧りやすいって長所にしては弱すぎでしょとか、様々な気持ちが入り混じって梶はがっくりと肩を落とした。

「あと骨が大きいってことは、火葬した時に喉仏を拾いやすい」
「なんすかソレ」

 追加文句に至ってはもはや長所かも微妙だった。
 分かりやすい豪邸、質のいい家具が品よく並んでいる部屋で、大の大人たちが全裸で喉仏を褒め合っている。非現実的というか馬鹿馬鹿しいというか、冷静になったらトンチキな状況に失笑するしかなかった。いや、そもそもポリネシアンセックス自体、冷静なままではおそらく完遂出来ないプレイなんだろう。ある程度馬鹿にならないとセックスなんてやってられないということだ。

「隆臣の好きなところ、あとは───」
「はいはい。次は何ですか? 肋骨とか褒めてくれます?」

 斜め上な誉め言葉にすっかり慣れてきた梶は、シーツの上で胡坐をかいてリラックスした表情を見せた。どんな着眼点だろうと受け止めますよ、と冗談めかしく言う梶を、切間がじっくりと見つめる。視線が梶の鳩尾あたりに注がれていた。切間が口を開く。喋る前にこくん、と彼の喉が鳴った。

「次は乳首かな。けっこう触ってたら育ってきたし。というか、大きくなったよね乳首」
「は?」

 梶が短く声を上げる。今までとは正反対に斜め上の長所に、梶はギョロ目をさらに見開いて切間を見た。
 人相学的に良いとか、火葬したら便利とか、笑っちゃうような理由は何処に行ったんだろう。梶はうっすらパニック状態を引きずったまま、平たい胸の先で色付いている二つの突起を見つめた。
 皮膚が薄くて敏感なそこは、いつも切間に最初に弄ばれる部位だ。柔らかい舌で舐められたり、指の腹で優しく押し潰されたりすると、突起はすぐに充血して梶を快楽の沼に突き落としてくる。歯が溶けそうな甘ったるいセリフを吐かれながら、乳首を虐められて気分を高めていく時間が梶は好きだった。厳密にはどこを触られても最終的にクニャンクニャンになってしまうのだが、視覚的にも刺激の強い乳首への責めが、AV大好き隆臣くんには結局一番ツボにハマった。
 大きくなった、と指摘されて梶はぶるりと身悶えする。たしかに何時かに見た時より、自分の乳首は心なしか大きくなっている気がした。触れてもいないのに何かを期待するように先端がツンと尖り、ジッと乳首を見つめて熱っぽい溜息をついた梶に、切間からは満足げな声が上がる。
 
「懐かしいよね。最初なんて僕が触ったとき、隆臣は『くすぐったい』って大笑いしたんだよ。感じるとか感じないなんてレベルじゃなくて、触っても苦笑するか、逆にくすぐりを受けたように笑い転げた。覚えてる? 君は僕に『時間の無駄ですよ』って言ったんだ。何度触られても何にも感じないって。まぁ、その一か月後には胸だけで射精が出来てたわけだけど」
 
 くつくつ切間が笑う。かぁぁぁと梶の顔が赤面し、赤さは首を伝って胸元まで広がった。
 恥ずかしい。恥ずかしいのに、同時にちょっと高揚感が増していく自分も居る。体を揶揄するような話をされるたび表面上は困った顔をしたが、内心では昨日までの自分に触れている切間を思い出し、梶は追体験をするように記憶の中で切間に抱かれた。案外節ばった手が薄っぺらな胸に伸び、さして多くもない肉を丁寧に揉んでいく。何が楽しいのか男の胸をひたすら愛撫して、痛かったら言って、と欲がチラつく目で気遣われる瞬間が梶は好きだった。
 梶はきつく目を瞑り、間もなく切間から垂れ流されるだろうあけすけな言葉を待つ。切間はすっかり充血している梶の先端を見ながら、ひどく愉快そうに口を開いた。
 
「可愛いね。今まで呑気に笑ってたのに、触られて気持ちがいい場所の話をちょっとしただけで、隆臣はすぐスイッチが入るんだ? 可愛いよね。気持ち良いことが好きなんだ」
「そっ……! き、切間さんの言い方が、ズルいだけでしょ!」
「ズルいかな? 僕は君を頭から順に褒めていってるだけだよ」
 
 ワザとらしく切間が肩を竦める。明らかな二枚舌も、生来の清廉潔白そうな見た目で言われると何となく説得力を帯びるのだからイケメンはズルかった。
 
「ほんとうに最初を思うと敏感になった。ちょっと触っただけで声は出るし、時間をかければかけただけ君は蕩けるし。でも隆臣って、ちょっと痛覚が鈍いっていうか痛みを求めがちだよね。もっと噛んでとか強くつねってとか、強い刺激が好きなんだろうけど限度がある。ちょっと心配」
「……っ、そ、そんなの……!」
 
 嘘つき。どうして梶がそれほど刺激を求めるのか、切間が分かってないなんてコトあるはず無いのに。
 ものは言い様だった。切間は『ちょっと触っただけで』と言うが、実際は決定的な刺激を与えず、梶を焦らして遊ぶ悪癖が切間にあるだけだ。散々弄りたおして過敏になった梶の乳首を、切間はあえて放置したり、もどかしい動きでいたぶったりする。追い詰められた梶が身も蓋もなく喘いで、半べそで自分に縋ってくるのが、切間は興奮材料になっているようだった。
 梶の口が卑猥な台詞で懇願するまで、切間は梶を苛め、感じている梶の姿を五感で堪能しようとする。切間の欲に濡れた目が見下ろしてきたいつかの夜を思い出して、梶は体をじくじくと疼かせた。
 何度考えてはダメだと思っても、普段どんな風に切間が自分に触れるのか、快感を求める体は梶の思惑とは裏腹に勝手に日頃の行為を再現しようとする。触ってほしさにふるふると揺れる乳首を、切間はいつも指の腹で優しく撫でた。日頃カードを巧みに扱う指先はベッドの上でも器用だ。人差し指と中指で、最初は押し潰すように先端をタップして───
 
「何してるの? 触っちゃダメなんでしょ、今日は」
 
 伸ばしかけた手は、寸前で切間に阻止された。触らずに梶が手を下ろすと、胸元から下半身に視線を落とした切間が、ここからがメインディッシュだとばかりに目を細める。
 
「あとはまぁ……下だよね」
 
 切間が言葉を重ねる。慌てて視線を相手に戻した梶は、切れ長の目がセックス中のようにうっすら濡れていることに気づいた。好意と欲がぐちゃぐちゃに掻き混ざった視線が梶に突き刺さり、体の奥だけに留まっていたはずの火が外へ出てくる。
 体が熱い。空気に触れている肌がピリピリと痺れる。
 切間が自分を褒めるたびに、切間の声が、褒められた部分を舐めていくようだった。
 
「隆臣はわりとどこを触っても反応が良いけど、まぁ一番は性器だよね。男性器。陰核。ペニス。魔羅。男だから当然なのかもしれないけど、特に舐めてあげると本当に嬉しそうにする」
 
 切間が舌をだらりと外に出す。唾液で濡れる粘膜に人差し指を押し当て、切間は勿体ぶった動きで、自身の指をべろりと舐め上げた。
 例えば梶の陰部に触れるとき。滑りをよくするために、切間は今のように自身の指に唾液を纏わせるときがある。普段の光景や行動のあとに続く快楽を思い出し、梶の下半身が、一気に生々しい熱を帯びた。
 
「ッ……ぅ」
 
 妙だった。誰にも触られていないのに、梶の口からは吐息が漏れ、体はぶるぶると小刻みに震えている。乳首の先は芯を持ったように硬くなり、下半身は興奮で僅かに芯を持ち始めていた。
 梶は体を縮め、ベッドの上で丸い体勢を取る。体が切なさを訴え、普段ならとっくに愛撫されているはずの場所たちが『どうして触ってくれないんだ』と自分勝手に疼いていた。
 
「どうしたの?」
「なんでもないです」
「顔が赤いよ。シてる時みたい」
「なっ、そ、そんなわけないでしょ……!」
 
 ハハッ、と乾いた笑いを発してみる。口に出してみると、声が情けなく震えていた。
 触られたい。指で茎を扱かれて、熱い舌に肌のあらゆる場所へ愛撫を施されたかった。暴の才能もある切間は力加減も絶妙だ。歯を立てられる甘い痛みに痺れ、下品な水音を立てながら中を弄られると、梶は鼓膜まで犯されるようでゾクゾクした。
 根が真面目な切間は、体を重ねる回数が増えても毎度慎重に梶に触れる。受け入れるだけで偉いと褒め、肉が解れて指の本数が増やせるようになると、そのたびに「上手」「気持ちよさそう。早く中に入りたいな」と頬に口付けた。そうして十分すぎるくらい梶の中が柔らかくなると、今度は普段の冷静さが嘘のように、欲を剥き出しにした体で梶にかぶりついてくる。的確に腰を打ち付けられ、体の中を全て切間で満たされたあとには、梶は奥に切間用の場所を用意しているんだと教え込まれるかのように更に深くまで切間を差し込まれた。入っちゃいけないところまで、許しちゃいけないところまで切間が入ってくる。怖くて苦しくて、アレは頭が狂いそうなほど梶を気持ちよくさせる。
 
「っ、ふ、ぅ……」
 
 むくむくと梶の中で欲望が膨らみ、下半身の疼きが我慢できないほどになっていた。性感帯に触ってはいけないというルールなので、勿論自分のものだろうと自分で性器を慰めることは出来ない。考えた梶は、体をもぞもぞと動かして勃起した性器をシーツと体で挟んだ。いわゆる床オナに近い格好だ。体重で性器を押し潰し、シーツに擦り付ければ手を使わなくても性器を刺激することが出来る。薄っぺらいプライドが邪魔をして日頃の梶は床オナ否定派だったが、実際は梶のように皮が被った奴らがすると、床オナは具合が良いオナニー方法らしかった。
 体の下で棒と袋が潰され、体を左右に軽く動かしただけで梶の体にはびりびりと感覚が走る。普段切間の手で施される強烈な刺激には比べ物にならないが、弱い刺激だからこそ物足りず、腰の動きが止まらなかった。
 
「うっ……んぐっ……! っ、あ、っ……んっ……!」
「ねぇそれ、隆臣、オナニーしてない?」
 
 熱に浮かれた梶とは対照的に、切間の淡々とした声が部屋に落ちる。審査員のように訝しげな表情で梶を見る切間が、顎に手を置き、梶の痴態を全て見届けていた。
 恋人の前で、梶はいま自分で自分を慰めている。
 
「あっ、ち、ちが、……こ、これは……!」
「違う? 違うの? 充分に勃起して、君が体を動かすたびシーツも汚れていってるようなのに? 睾丸も膨らんでて、先っぽからダラダラ汁が垂れてるよ。何より隆臣の顔は、今とってもダラしない顔をしてる。こんなに揃っているのに、違うって言うんだね?」
「ちがう、っあ、ちが……ん、んっ……!」
 
 何が違うのか分からなかった。性器と袋と体の間で押し潰し、体を揺すって僅かにでも快感を得ようする浅ましい行動はオナニー以外の何物でもない。ぬちぬち、水音が立つたび、恥ずかしさで意識が遠くなりそうだった。太ももがぶるぶる痙攣し、声は一層鼻に抜けた甘ったるい声が飛び出してくる。
 ふと前を見れば、切間の性器もにわかに兆しているように見えた。自分の姿を見て、切間も興奮しているのだろうか。背筋がゾクゾクとして、乳首がピンと張り詰める。腰の動きが止まらない。このままじゃ切間どころか本人もろくに触らないまま、梶は情けなくシーツの上で暴発してしまうかもしれなかった。
 
「はっ、ふっ、ん、……んっ、ぁっあっ」
「どうせ擦り付けるなら、先っぽをたくさん虐めてあげた方が良いんじゃない? 隆臣は先端が弱いんだから」
 
 ヒュッ、と梶が息を飲んだ。既にどうしようもなく濡れてシーツにシミを作っている鈴口が、切間を思い出してぷくんと先端に先走りの粒を作る。
 
「手伝ってあげようか? 君はどうも、言葉だけで満足できるみたいだし」
「っ、! や、切間さんっ、それは……!」
 
 図星だった。切間の言葉だけで梶の腰は砕け、体じゅう期待で高ぶって痛いくらいだ。胸の話をされた時だって疼いて仕方なかったのに、更に敏感な箇所の、しかもオナニーに進行形で使っている部位を言葉責めされては正気でいられる自信が無い。
 
「いいよ。どうせ触れないし、せいぜい官能的な文言を垂れてあげる」
「い゛ッ!? ちょっ、切間さんっ。これ以上は……!」
 
 マズい。そんなのマズすぎる。焦った梶は、シーツに突っ伏して土下座のような姿勢をとった。ポリネシアンセックスを提案したのは梶だったし、乗り気じゃなかった切間を無理やり参加させたのも自分だった。言い出しっぺの離脱も、全裸で懇願している梶の現状だってさぞ情けない姿だろう。恥ずかしさでどうにかなりそうだったが、背に腹は代えられなかった。許しを請うような姿勢の梶に、切間の表情はキョトンとする。
 
「なにを謝ってるの?」
「ぽ、ポリネシアンなんとかがこんなに大変だなんて思わなかったんです。ちょっとこれ、キツすぎ。無理ですこれ以上は。我慢、無理」
 
 今までだってキツかったが、触られないまま言葉で下半身を犯されるなんて、考えるだけで梶はゾッとした。熱い肉棒が全身を貫き、体の内側から自分を塗り替えていく強烈な快感は、きっと切間には想像が付かないものだろう。頭がどろどろに溶け、奥を突かれるたび性的な刺激とは別の快楽が梶を支配する。引き抜かれたら切なくて、また入ってくれば支配されるような感覚に心が屈する。この人のものになった、この人に全て食べられてしまった。自分を明け渡す行為は、脳が焼き切れるほど気持ちよくて幸福だった。切間にはきっと分からない。自分を奪われる恍惚は、きっと体を開く人間の特権だ。
 
「触られないとかほんと、無理。頭が変になって終わりなんで……!」
 
 最後は泣き落としをするように手を合わせた。深々と頭を下げる梶に、徐々に切間の表情が変わっていく。興奮で熱っぽくなっていた切間の視線は温度が駄々下がり、顔にははっきりと呆れの感情が浮かんでいた。
 
「それはつまり、触れってこと?」溜め息交じりの声で言う。
「う……はい」
「初日は触っちゃダメなんじゃなかった?」
「そうなんですけど……」
「初日から反故にすると」
「いやその……」
「君は自分で提案しておきながら、僕に触られない夜を一晩も耐え抜くことも出来ない。そういうことだね?」
 
 そんな淡々と責めなくても良くない? 梶は自分の主張を棚に上げて唇を噛んだ。
 そりゃ振り回して悪かったとは思っているが、元はといえば切間の褒め方が変化球すぎたからこんなことになったのだ。責任の半分は切間にあると思ったし、彼が望んでいた展開はむしろこっちではなかったのか。
 ムスッとする梶を見て、切間は「反省してないよね」と今度こそ深く息を吐く。半ばヤケクソで「えぇそうです! そういうことですよ!」と梶が噛みつけば、切間は「分かった」と頷き、梶の方へと体を寄せた。
 むに、と唇が当たり、そのまま切間の下が梶の口内に入ってくる。接触禁止が解かれた途端に随分手が早かった。梶は目を閉じて切間の動きに合わせ、腰が無意識に動くと、合わさった唇の隙間から喘ぎ声が漏れた。切間の手が梶の太ももに伸び、中心を避ける勿体ぶった動きで梶の下半身を撫でまわしていく。
 
「んっ、ん……切間さん、呆れました?」
「そりゃぁ呆れるよ。でもまぁ、僥倖ではあるし」
 
 別に良いかって思う、とサッパリした口調で切間が言う。ある意味合理的な切間らしい反応だった。相手の首に手をまわし、梶がすいません、と切間の首に顔を埋める。白くてキメの細かい肌に吸い付き、ちゅっちゅっと小さなリップ音をまき散らしていると、切間が「反省してないよね」ともう一度言った。
 
「今まで触るなって言ってきてたのに」
「そんなん……過去の話されましても」
 
 バツの悪いことは無理やり流してしまうに限る。ぶー垂れる梶に、切間は眉間を寄せた。梶の態度に苛立っているというよりは、こうしておけば切間は流してくれるだろうと梶が高を括っていることに対して拒否感を持っている感じだ。いや、拒否感などという語彙よりもっと甘い。『こんなに付けあがらせて良いのかなぁ』と葛藤しているようで、それさえ切間の中では既に『別に良いか我儘くらい』と答えが出ているようだった。自分の甘やかしきった感覚が、果たして梶の教育に良いのかと切間は自身を顧みているように見える。
 
「君を甘やかしすぎてる気がする」
 
 梶を抱きしめ直し、切間が言った。腰をしっかりと抱き留める手に説得力の欠如を感じる。
 
「でも切間さん、自分が甘え上手で甘やかされるのに慣れてるってだけで、別に逆側が苦手ってわけじゃないですよね」
「逆側って?」
「甘やかす側ってこと。そもそも御屋形様って懐が大きくないと出来ないじゃないですか。元々甘やかす側の才能はあるんですよ」
「そうかなぁ?」
「だって実際、いま僕にムカついてるとか無いでしょ?」
「怒るほどのことをされてないし」
 
 切間の手が上に登ってくる。肌がざわりと粟立ち、梶の喉が甘ったるく鳴った。散々話題に上げられた胸元に切間の手が迫ってくる。梶は期待を込めて目を閉じ、切間の首元にすり寄った。切間の手が薄い胸を揉む。乳輪の周りをゆるゆると撫で、切間の手が乳首に触れた。
 すりすり、指の腹で優しく全体を撫でられる。切間が時々する、時間をかけて過ごしたい日の手つきだった。よく分からない我儘で時間だのスケジュールだのめちゃくちゃにされてしまったのに、彼はたっぷり時間をかけて梶を愛でるつもりらしい。結局ずっと自分に甘い切間に、梶の胸がぎゅぅっと締め付けられる。
 
「は、ぁ……そ、れが懐が……デカいって言うんです」
「そうなの?」きゅ、と乳首を摘ままれる。梶の腰が跳ねた。
「ひゃっ……ん、んっ……♡ えと、……はい」
「知らなかった。僕に人を甘やかす才能があったとはね」
「逆にっ……ン、今まで、知らなかった方が衝撃ですよ。どんだけ周りに甘やかされて生きてきたんスか」
「人に恵まれてきたとは思う」
 
 両方の乳首を摘み、芯を揺らすようにコリコリと刺激する。直接触られて一層膨らんだようにも感じる乳首に、切間は顔を寄せた、目を瞑っている梶の耳に、ちゅばちゅばと卑猥な水音が聞こえてくる。吸われているらしい。出るものなんて何もないはずなのに、ぢゅぅ、と強く吸い上げられると脳みそが痺れた。
 
「あっ、はっ、んぅ……ッ」
 
 左の乳首は舌の先でツンツンと突かれ、右側は先ほどと同じく指でこねくりまわされる。もどかしい刺激も気持ちよかったが、右側が爪でカリカリと乳首を引っかいてくると、梶は分かりやすく声を上げた。
 
「あっ、あっ……! んぎっ、ァッ、カリカリッ……好きっ……!」
「こう?」
「あっ♡あっ♡それ、それぇッ……!♡」
「じゃぁ左もやってあげる。口はキスでもしよう」
 
 宣言通り左側にも爪の硬い感覚がやってくる。肌の薄い部分を爪でたっぷり引っ掛かれ、ジンジンと部位が熱を帯び始めると、刺激はより甘く蕩けるように梶にふりかかってきた。同じところをしつこく引っかかれると少しだけ痛くなってくる。痛い所を更に爪で苛められるともっと気持ちいい。
 疼くような痛みがじわじわ広がっている乳首とは対照的に、梶の唇に落とされたキスは柔らかかった。切間の形のいい唇が梶にぴったりと合わせられ、角度を変えてついばんだ後は舌が入ってくる。切間の舌は熱く、どうやったって人を傷つけられそうにないくらい柔らかかった。舌は梶の歯をなぞり、上あごを撫でて舌同士を絡ませ合う。粘膜を通して『甘やかそう』という切間の意志が流れ込んでくる。まあるい心地よさに頭がいっぱいになり、梶の脳みそは目の前の男に全面降伏だった。
 
「んっ♡んっ……ぅ、む……むっ♡」
 
 キスが長引くほど愛しい気持ちがあふれてくる。ぼんやりとした頭に、カリカリと一定の速度で同じ場所を執拗に弄られている刺激が突き刺さった。首から上は柔らかくて甘ったるくて気持ちいい。首から下は硬い爪に容赦なく弄られていて気持ち良い。感触の違う快楽に同時に責められ、梶は浮き上がるような幸福感と俗っぽい欲に気持ちが綯い交ぜになった。こうやって人は人に夢中になるんだろうと思う。
 
「んぅっ♡むぅー♡ぷはっ……はっ……きるまさん……いちゃいちゃ、もっと……!」
「うん」
 
 どれくらい同じことを繰り返していたんだろう。梶の口周りはお互いの唾液で汚れ、乳首は赤く充血しすぎて痛いくらいだった。ふぅ、と息を吹きかけられただけで乳首への刺激が強くて「んふ、うぅっ♡」と梶は喘いでしまう。放置されっぱなしの下半身から先走りがとろとろ漏れていた。
 
「下も触ろうか。いい?」
「あっ……い、いい、です。はやくっ……!」
「隆臣は弱いよねここ。扱く前に、先だけ弄ってみようか」
「~~~♡♡♡」
 
 切間の手が梶の性器に触れる。鈴口を掌に一周擦りつけるようにしてぐるんと刺激すると、梶は待ち望んでいたように、大きく腰をわななかせた。
 
「はぁ、あっ……!♡ アんっ、きるまさっ、先っぽ、やば……!♡」
「うん、知ってる。続けるね」
 
 大きく開いた手のひらに鈴口をピタリと合わせ、切間がこしゅこしゅと先っぽだけを擦る。開いた脚ががくがくと笑い、喉の奥からは今までよりも野太い声が出た。
 
「んオッ゛♡オっ♡切間さんむりむりッ♡ぎもちっ♡ぉ゛♡ぅんっ! おォッ! ンい゛っ♡」
「乳首より全然まだ触ってないよ。もっと悶えて」
「おぉ゛! ッほ♡お゛♡おっ!♡♡ 」
 
 言われた通り快感に溺れる。最初は乾いた切間の手に表面が引っ掛かっていたが、先張りがだらだらと垂れ続けている為、途中からはかなり滑りも良くなった。鬼頭の繊細な皮膚を切間の手が擦り、ぬちぬちと音を立てて快楽を刷り込んでいく。気付くともう片方の手は後ろに伸び、梶の穴をぐにぐにと刺激し始めていた。元は排泄する目的でしか使われてこなかったそこは、切間と過ごすうちにしっかり快感を拾える器官に開発が進んでいる。皺を指がなぞり、穴を広げるように左右にぐにぃと伸ばされると、梶はそちらの刺激にも反応を見せた。
 
「ア゛ンッ、ァ♡あぁっ♡んぎっ、あん゛ッ♡お゛♡おしり゛っ♡クるッ♡」
「使っていいって許可出たからね。使うんでしょ? 一応確認するけど、初日だけどアナルセックス解禁で良いんだね?」
「良いッ♡いいですっ♡ンはっ♡♡ん♡゛アんッ♡♡ケツ使うっ♡あっんアぁ♡いっぱい使いますっ♡」
「その意志の弱さで、よく四日間も乗り切れると思ったよね。断言するけど今日どうにか過ごせてたとしても、隆臣、君は多分二日で根を上げてたよ」
「あっ♡んア゛ッ! ゆび、入ってきたぁ……♡」
 
 切間の苦言なんてとっくに聞こえなかった。切間の人差し指が中に入ってきて、梶の中を浅く出し入れする。ちゅこちゅこ痛みが無いように慣らしたあとは、指が根本までゆっくりと差し込まれた。性器と比較するとあまりに細いそれを、梶はぎゅぅうと無意識に締める。半分くらいを引き抜かれ、中にある弱い所をトントンと刺激された後、切間の指はまた残りを梶の中に埋め込んでいった。前立腺を刺激されるか、奥をぐにぐにと優しく拡げられるかの二択の中で梶は翻弄される。
 
「アあぁッ♡あ゛っ♡ぢゅこぢゅこきもち゛っ♡ ♡お゛っ、オっ♡それやばっ♡やさしいのすきっ♡」
「あんまり早く動かすと中を痛めそうだからね。隆臣もこれくらいの方が反応良いし」
「あっんぐっ♡きるまさん、やさしいの好きです、ぼくっ♡」
「知ってる。まだ指増やさないからね」
「ァ♡あっ♡んあぁ♡なんでっ、ぼく、もう平気っ……」
「僕が。もっと隆臣のだらしない顔を見てからが良いんだ」
 
 切間がにっこりと笑う。優しさでもなんでもなかった。単純に切間は梶が快楽でどろどろになっている姿を好んでいるだけで、梶の要望は聞いているようで半分は聞いていない。
 梶は切間の笑顔を見て「ひぐっ」と喉を引き攣らせる。たった一本の指でぐちゃぐちゃと中を意地悪く弄られ、梶は口からだらだら涎を垂れ流し、もどかしい刺激に達することも出来ず徐々に頭を溶かしていった。
 
「あぁ♡……ンッっ゛♡……ぁう、♡きるま、さ……♡ゆびっ、ゆび増やしてっ……♡もっとぐちゅぐちゅしてくれなきゃ僕っ、イけなッ……!」
「イかなくて良いよ別に」
「んぅ♡♡ぉッ゛……!♡」
「今で十分いやらしくて可愛いから。可愛いね隆臣。もっと顔を見せて」
 
 中で指をぐるんと回転される。肉が切間の指に絡みつき、貪欲に快楽を得ようと蠢いた。
 顔を見せろと言われ、梶はぼんやりとした視界で切間に顔を向ける。ギョッとするくらいの美形が、自分の姿を熱っぽい視線で見下ろしていた。男の痴態なんて見たところで何が楽しのか分からない。指を一本入れている程度では切間自身に快楽など生まれていないだろうに、切間は梶の体を隅から隅まで観察して、満足げに喉を鳴らしていた。
 
「かわいい」
 
 うわごとのように言う。可愛い、と切間は梶を形容するが、果たして本当に自分は可愛いだろうか。さっきまで上げられていた自分の容姿の利点に、特に可愛いに該当する部位は無かった気がする。切間も別に可愛いものとして梶の特徴を何もあげなかった。外見を褒めろと言った時はあんなに中途半端なしょっぱい誉め言葉しか出してこなかったくせに、いざ行為が始まれば切間には梶が何に見えているのか、本当に呆れるくらい可愛いしか言わない。
 
「ぼくっ……んぅう♡はっ、ぼく、かわいいです?」
「うん」即答と肯定するようなキスがやってくる。
「~~♡♡ぉ♡ンッ、……あッ……き、るまさ……! もうっ、もう挿れてくださいっ♡きるまさんの……!」
「僕を? 指じゃなくて?」
「もっ、大丈夫なんで……♡♡」
 
 中は十分に解されて、体の力もすっかり抜けきっていた。少しきつくても受け入れられないほどじゃないだろう。
 梶のおねだりに、切間は「えー」と言った。もう少し苛め抜きたいらしい。切間の下半身はすっかり勃ち上がっていて、梶の目には窮屈そうなくらい膨張して見えた。わりと切間自身も限界そうに見えるのだが、なんで首から上はこんなに余裕があるんだろうか。頂点の一族まで行くと、下半身と脳みその連結を遮断出来るとか? うらやましい才能だが、今はそんな切間の理性的な部分が邪魔である。
 梶は切間に手を伸ばし、彼の下半身を撫でた。品が無いほどには大きすぎもせず、しかし貧相とはどうしたって呼べない切間の性器を掴み、弱弱しい手つきで上下に扱く。切間創一の性器を自分が慰めているというシチュエーションが、何度経験しても梶には新鮮だった。本当にこの人の急所をこんな風に障って良いのかと思うが、触っても良いどころか、切間創一の性器が形を変えた理由は梶の痴態にある。
 余裕綽々という顔をしているが、梶が手で性器を弄り始めると、切間のそれは更に膨らみ硬くなった。指で作った輪っかに鬼頭のふくらみが引っ掛かるたび、カリ高なそこが自分のナカのどの辺りを抉ってくれているかを思い出して腰が砕けそうになる。はやく挿れたい。突かれたい。指じゃ、指だけじゃやっぱりダメだった。切間創一の全部で支配されたい。この男に自分を押し潰されたい。
 
「きるまさっ……ッ、ン゛ッ! ア♡アあ゛♡待っ……!♡♡」
「挿れても良いけど……指だけで乱れきってる君も惜しい」
 
 一旦止まっていた指の動きが再開され、梶はたまらずあられもない声を上げた。うーん、と悩み声を上げながら、相変わらず切間は梶の中をぐちぐちと解している。一本だけ差し込まれている中指はそこだけがお湯につかっているように赤くなっており、指先は多分、一本だけふやけて皮膚がぶよぶよしていた。
 仕返しのように梶の性器も悪戯をされる。親指と人差し指で輪っかを作った切間は、鬼頭のくぼみに輪っかを沿わせ、まるでコンドームを外すときのようにきゅぽんっと鬼頭から輪っかを引っこ抜いた。梶の下半身にびりびりと刺激が走り、強い射精感に腰がへこへこと動くが、幹に刺激を与えられてない以上上手く吐き出すことも出来ない。
 きゅぽんっきゅぽんっと何度も繰り返されていると、梶の口は言葉という言葉を発せなくなった。
 
「はっ♡ぅあっ゛♡♡ッアァ♡おっ♡あんッ、お゛っ♡♡きるまひゃっ……、待っへ……!♡♡」
「情けなくて可愛いんだよね、君のその姿」
 
 梶の頭をくしゃりと撫でる。台詞だけ聞けば馬鹿にされているようにも感じるが、自身を撫でる切間の手があまりにも優しいので、梶は到底悪口として受け止めることが出来なかった。多分切間は、本当に梶の痴態を可愛いと感じているんだろう。可愛いから見たい、と純粋な行為で梶をねちねちと責めている。まぁ愛情を感じないでもないが、シンプルにこれ以上の生殺しは梶が耐えられなかった。
 
「きるまひゃんっ♡おねがっ♡あっン、ッ!♡ おねがい、挿れ゛てッ……!♡♡」
「うーん……」
「んはっ、あっ゛ァッ♡……ッ、ぼ、くっ……! きるまさんが入ってる時の、ぼくがっ……あっアンぅ゛!♡ いち、ばんっ……かわいいですよ……!♡」
「───それもそうか」
 
 スンッ、といきなり切間が納得したように頷く。熱に浮かれた梶には、そんな切間の切り替えに追いつく余裕が無かった。
 おもむろに腰を抱えられ、腕力だけで腰を高く持ち上げられる。力強ぇーなんて梶が思う時間もなく、切間の熱い性器が穴に押し当てられた。
 

 ズプン!

 
「~~~~~~ッ!!♡♡♡♡」
「あれ? 達したの?」

 
 じわじわ広がる生温い感覚に嫌な予感はしたが、意外そうな切間の声におそるおそる見てみると、ヘソから陰毛が生えそろった部分にかけて、梶の腹部には白濁した液体がべっとりとぶちまけられていた。あんなに指で中を弄られたり性器をこねくり回されても射精しなかったのに、挿入された途端にこれである。まるで体全身で切間を待ち望んでいたようで、散々挿入を強請っていたことも忘れて梶は死にたい気持ちになった。
 
「挿れただけだよ?」
「だって、だってぇ……!」
 
 ずっと待ってたから、と梶が良き絶え絶えに言う。「ふぅん」と喉を鳴らした切間が舌を舐めた。
 
「隆臣が達したって律動には関係ないし。動くね」
 
 聞こえ方によっては最低なモラハラ発言だが、梶の額や頬にキスを落とし、ぴったりと体を接着した状態でそんなことを言われたら強く出られなかった。梶が頷き、脚を切間の腰に絡める。初めは頭を掻きむしるくらいゆっくりねっとりとした動きだった。
 
「ぉンアあ……♡♡あン……! あぁ、お゛っ、あっぅ♡おッアん゛♡っ!」
 
 指でしたように、半分くらい引き抜いてから前立腺を抉りつつまた奥に埋まる。やり方は同じでも、質量の大きさや熱さは段違いだった。引き抜かれる瞬間は思考ごと自分をごっそり持っていかれるようで、宙ぶらりんになった思考回路に、前立腺を押し潰す刺激が直接刻み込まれる。
 気持ちいい。気持ちいい。強烈な快感が脳みそに突き刺さり、切間が腰を進めるたびぐちゃぐちゃに飛び散らかっている思考の欠片が再び頭蓋骨に押し込まれる。頭の中は官能でいっぱいだった。口からはひっきりなしに喘ぎ声が漏れ、たまに可愛くてたまらない、と言った表情で切間が口を塞いでくるとき以外は梶の嬌声が部屋中に響く。
 ふと、当初実施する予定だったポリネシアンセックスのことを思い出した。四日間性行為をセーブしたあとに行う五日目のセックスは、抑制されていた反動で強烈な快楽を生むものだったらしい。それはそれで興味はあるものの、今以上の快楽、と思うと梶はワクワクを通し越してゾッとする。
 
(死んでたかもしんない。四日間もこの人をセーブしてたら)
 
 快楽の隙間でそんなことを思う。徐々に切間の動きが早くなり、動きもギリギリまで抜かれて奥まで貫かれるという、より暴力的なものに変わっていった。
 
「っんンッ!♡♡ ッっ! おッお゛ッ!♡ お゛、ォあ゛ッ!♡ お゛ッ♡♡ 」
「本当だね。今の隆臣が一番かわいい」
 
 切間が満足そうに笑う。何の話だっただろう? 自分で言い出したことなのに、揺さぶられている梶はもう思い出せない。
 
「お゛んぉ゛! お゛!♡♡ っあ゛ン♡お゛ッ!♡ ハッ♡アん゛ッ♡ぅあ゛ッあ゛ッ!」
 
 肉と肉がぶつかり合う音に、生々しい水音が混ざる。滅多に呼吸を乱さない切間が荒い息継ぎをして、たまに我慢が出来ず小さな喘ぎ声を漏らすのを、制御機能がぶち壊れた梶の喘ぎ声が掻き消していった。
 
「っおお゛♡♡オ゛!!♡♡ ぅ♡あァおおオ゛! アンッ、おほっ!♡♡ ァンッ、ンおァお゛!♡ あぐっ♡! んオぉォ゛ッ!!♡♡♡」
「……イ、く。僕も。隆臣」
 
 小さく宣言して、切間がスパートをかける。梶の太ももが痙攣し、切間が中に吐き出したと同時に、梶もまた自分の腹に二度目の射精をした。